「あはは、先生と二人っきりか」
二人っきりで、密室で、



【昼夜反転/in the midday】

「それがどうかしましたか?」 ———教材確認である。 ちょっと付き合って下さい、と言われたので何事かと思いつつお付き合いさせて頂いた結果がこれである。 泣いてもいいかな、これは。というより、どれだけ暇人扱いされてるんだろう、俺。 「いやーなんやこうして狭い部屋に閉じこもってるとイケナイ事してるみたいで興奮する言うか」 軽口の一つも言いたくなるというものである。 ええ、言わせてください。でなきゃ延々と続きそうな事務作業という現実に耐えられません。 内心のとほほ、を前面に押し出したのが効いたのか、 「まぁ実際、人目について良い関係じゃないんでしょうね」 プリントを捲りながらさらっと一言頂いた。 寧ろ…その素っ気なさが良い―――とか、そう思えるようになるまで随分と『教育』されている気がしないでもない。 実に恐ろしいことに。 「なんか、AVみたいやね」 さして長い付き合いではないが、注意を引くためには何を言えばいいのか大体分かってきた。 「どうしてそちらに行きますかね」 ほら来た。読みがきちんと当たる、というのはそれなりに楽しいことである。内容? 気にしたら負けだ。 「あれ? 教師と生徒とか鉄板ですやん」 まぁ雑用を手伝わされるぐらいには近い仲、となると相当なハードルは越えている。 いやもう越えすぎてこれは逆に難しくなってきてるのか。 「志摩君」 威嚇するような言い方である。こうも警戒されるとある種の天の邪鬼精神が首をもたげてくる。 「因みに俺は先生にイケナイ事する方が興奮するクチで」 「訊いてませんが」 にこ、と文字通りの笑みを浮かべてはいるが目が全く笑っていない。 ああ、この人も自分と同じタイプなんだなぁと思うとどこか憐れみに近い物を感じたりする。 要するに、内面と外面を意図的に一致させないタイプ。思っていることをはっきりとは言えない類。 相手に考えを読んでほしくて、でも読まれると非常に困ったことになってしまうのでやっぱり読まなくていいです、 とか、そういうややこしい人間。俺も、先生も、同じ穴の狢です。 微妙に話の方向をシフトする。 「先生、何やかんや言うてまだ十五でしょ? 今からそんなんやったら将来出家でもしてまいそうやわ」 言ってみれば、既に半分ぐらい出家しているレベルだ。 「大丈夫です、仏教徒ではないので出家は有り得ませんよ」 そう言えば神父に育てられたとか何とか言ってたような気がする。兄貴の方が。 「なるほど———ってちゃうちゃう! そこやのうて」 わざとか、と思うぐらい簡単に話をすり替える。 自分が日頃やっていることをこうして他人にされて初めて、ああこれは面倒くさい、と気付かされる。 反省はしないけどな。 「不思議なことに世界広しと言えど性欲を肯定する宗教というのはさほど多くない。 “欲”という存在に否定的な物の方が一般的ですね」 ―――この潔癖そうな口から『性欲』なんてストレートな言葉が出たのが意外で、 そんな下らない事に指先が疼くような感覚を味わう。 「古代ギリシアの時代から、快楽の肯定派と否定派は鋭く思想上の対立を見せていました」 粗方プリントを捌き終えたのか、机の上でとんとん、と端を叩いて高さを整える。 そういう細かい動作が、同じ年にも関わらずきちんと講師に見える理由なのかもしれない。 「あー、なんや授業受けてるみたいやわ」 ぼやくと、 「個人授業、ですか?」 口の端だけ持ち上げる独特な笑い方をする。 グラビアアイドルがやるよりも少しばかり上品には見えるけれど、確実に挑発している。 ———なるほど、確信犯かいな。 「先生はそういうの苦手なんや思てました」 見るのも嫌、聞くのも嫌。そういう病的な潔癖さを想像させる見た目の割にえらく大胆な。 「単にあなたに合わせただけですよ。で、続きですけどね、志摩君」 清廉潔白。そんな美徳の皮を被りながら、この人はいつだって——— 「何故、罪になるんだと思います?」 青い目がゆっくりと細められる。半開きの唇と口元の黒子はいつ見てもよろしくない取り合わせだ。 それをこの方は自覚済みなんやろうな、きっと。 「さぁ…何ででしょうねぇ…俺には分からんけど」 奥村センセ、あなたみたいなんは野放しにしたらあかんなぁ、言うこと位はわかるんやけどな。

六月に出した一冊目のしょっぱい無配コピーから。 そうなんです、志摩雪ってこういうイメージでもあるのです。笑 2011/06/26(9/20格納)