「志摩、君」 特に意味のない呟きだったのだが、向こうもあまり熱心に読書していた訳ではなかったらしく、しっかり拾われてしまった。 「どうしはりました?」 きちんと顔を上げて、言う。 愛想の良い顔を作るのが、得意。僕と同じか、それ以上に。 「すみません、特に理由は無いんです」 そう口に出してしまってから、何だか微妙におかしなことを言ったような気になった。 何がおかしいんだかうまく説明できないが、とにかく、何かがおかしい。 「………先生、俺は今凄まじく恥ずかしい思いをさせられとるわけですが」 額を押さえて呻いた。少し大袈裟ではないだろうか。 と、思う気持ち半分。 日頃からリアクションの大きい人だから割り引けば妥当になるか、と半分は納得していたりもする。 「やっぱりおかしかったですか」 何か言いたそうに口元をもぞもぞとさせたが、彼はそれを食い千切って溜息にして吐き出すことを選んだようだ。 少し申し訳なく思ったが、あまりにも歯切れが悪いのでこちらも言い訳しておくことにした。 「悪気はなかったんです」 簡潔に。 「そら知ってますよ。だから、困らされてるんであって」 もう一度、今度はやや熱の篭った溜息を吐いた。 「よう下の子は強い、とか何とか言いますけど、俺普段一番下やから分からへんかったんですよね、その感覚が」 急に何を言い出すんだろう、と黙って聞いている。 するとそこで再三の溜息を吐き、 「で、ようやっと理解した訳ですけどね。…先生、そらズルいわ」 眉間をきつく寄せて、半ば説教をするような調子で言う。 「狡い…?」 なんだか変な方向に怒られている。 「ていうかずっと先生は甘えるん下手なんやろうと思てたのに、―――いや、実際奥村君には甘えたところ絶対に見せへんから間違いやないとは思うんやけどね」 両肩にぽん、と手を置かれた。 「なんですか?」 「先生、もっと甘えてくれてええんですよ?」 いやいやいやいや、絶対何か勘違いされている。 間違いなく、勘違いされて、ます。 「あの、志摩君」 「はぁ…珍しいもん見たわ…」 まったくこちらの言うことを聞いていなさそうな様子でぶつぶつと言う。 もう訂正するのも面倒くさいし、良いか。 そう思いながら眼鏡をかけ直した。 ―――つまり、呼んでみただけだったんですけど。【Just call】
弟志摩君が弟雪男の弟ぶりに騒然とする話でした笑 2011/07/04(9/30格納)