シャワーを浴びて部屋に戻ると一時過ぎ。
因みに昨日も一昨日も一週間前もそんな感じだった。
いや、確か五日前は帰ってきた段階で既に二時を過ぎていた。
夜行性動物かと思われる勢いで夜を歩き、しかし同じぐらいきちんと昼間の生き物の顔をしなくてはいけないのだから、実のところ無謀としか思えないことをしている。
仕方なく。他にどうしようもなく。

【曖昧境界】

そろそろ睡眠不足が堪えるようになってきた。 酷いときは授業中に意識がぶつりと途切れたりもしている。 特進科にまで入れて貰っておきながらどういうつもりだ、と自分で自分の頬をぴしゃりと叩いてみたが、眠い物は眠い。 しかし漏れ聞く話によれば、きっちり睡眠時間を取っているはずの双子の兄もよく居眠りをしているらしく、 よくもまぁそれだけ眠ることに貪欲になれる物だと呆れてしまった。 奥村家は居眠りを許容する家風なのか、なんてあらぬ誤解を招きそうだ。 まず、奥村家自体が存在しないということはさておき。 一体どうすればそんなに眠りが必要になるのかと兄の方を気にした矢先だ。 「や…やめ…」 何事か寝言が聞こえる。しかしどうにも穏当な空気ではない。 少し気になってそちらに目を遣ると、ばたばたと手を動かして何かしらと戦っている(と言っても寝ながらなのだが)のが目に映る。 暗がりの中で白っぽい手がふらふらと残像を見せる。ベッドの枠にぶつけやしないかと少し心配してしまう。 というよりも、夢でまで何かに襲われているのだとしたら流石に可哀想だ。 そうでなくとも足りていないらしい睡眠を妨げるのは心苦しいが、悪夢よりはマシじゃないだろうか。 大体、夢を見ているときというのは眠りが浅い訳だし、最初から、半分ぐらい目が覚めているようなものじゃないか。 そう思ってベッドの側まで行く。声を掛けようとして———思い留まった。 「は…ぁ…っ」 極めて『プライヴェート』な夢らしい。その人だけに見えなくてはいけない、夢。 絶対に今起こしてはいけない。そういう類の。 「うわぁ…」 自分のタイミングの悪さに立ち眩みがする。 まぁいつまでも子供ではないのだからそういう事もあるだろう。ごく自然なこととして、いやもう当たり前の事象として。 但し、こういう言い方をするのは何だが『自分が居ないときに』視て欲しかった。 或いは、こちらが完全に眠りに就いてからにして欲しかった。 …同室の人間として気まずいし、完全に無視して眠るには近すぎる。 「けどそっか…兄さんにも『そういう』相手が出来たか」 子離れを要求される親の気持ちを味わっているみたいだ。 いつかはそういう日が来るだろうとは思っていたが存外早かったな、というような。 「知りたくなかったな…」 我が儘だ。子供はいつまでも親の物ではない。 自我を獲得し、自己主張をし、親とは違う人生を確実に歩んでいくのだ。そんなことぐらい、分かっている。 分かってはいるが、気持ちの方がどうにもならない。それに、自分はまだ親ではない。 自分がどういう気持ちで親の元を離れたか、という記憶の部分が欠損しているせいで余計に心の整理がつかない。 そういう自分の不完全な部分にむしゃくしゃする。出来ることなら何もかもに達観してしまいたい。 中途半端に道理ばかりを考えてしまうせいで、幼稚な心とのバランスが取れなくなる。 思考も心も実に煩わしい付属物ではないか。 そんなものいっそ無かった方が余程——— 「…あー…駄目だ、お茶でも飲もう」 疲れているせいで色々と悪いようにばかり考えてしまうのだ。 考えるな、何も。無駄だから。 時間を掛けてお茶を煎れて、ただ黙々と、飲む。飲み終わる頃には頭もすっきりしているだろう。 多分今からお茶なんて飲んだら目がさえて寝られなくなるだろうが、 どのみちこのまま部屋にいても寝られないんだし、丁度良いじゃないか。 ドアに手を掛けた瞬間だ。 「…お…」 耳に入れないように気にしていた声が鼓膜を掠る。 「ゆき…っ」 空耳だ。空耳だと言ってくれ。高速で兄の知ってそうな子を思い浮かべる。名前、名前、名前。 聞き間違えそうな名前がないか、必死に探す。 背後のベッドを振り返るのが怖い。 聞こえる全ての音が怖い。 幾ら考えてみても、奥村雪男以外検索ワードに掛からない。 でも。でも、どう考えてもそれはおかしいし、あるはずもないし、それでは困る。 「…せろ、よ」 聞かないでおこうと思っているのに這入ってくる。耳を塞ぐためには両手をあげなければいけない。 けれど既に両手は口を塞ぐので手一杯だ。悲鳴を上げないためには、そうするほか無い。 いっそ声を上げて目を覚まさせればいいのか。でも、起こした後の気まずい空気に耐えられる気がしない。 絶対に起こしてはいけない。物音一つ、立ててはいけない。 「なぁ…ゆき、お」 どうして自分がこんな目にあっているのか分からなかった。 泣きたいやら何やら頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。 兎に角様々な感覚をシャットダウンするためにふらつきながらも自分のベッドに辿り着き、 暑いのも構わず布団の中に潜り込んだ。 違う違う、絶対に違う。 あれは違う。 勘違いだ。 聞き違いだ。 夢だ。 幻聴だ。 暗く蒸し暑い布団の中でひたすら、それらの言葉をループさせる。 息が詰まりそうなぐらい暑い。湿度が高い。 ———悪夢だ。 すとんと言葉は胸の奥に落ち込み、 正にぴたりと填め込まれたパズルのピースのようにそれは的を射た表現だった訳だが、 (じゃあ醒めてくれよ、早く!) 口を押さえたまま布団に顔を押しつけて、絶叫した。 あと四時間も朝が来ないなんて、 そんなの、

ブラコンが行き過ぎて色々あれな燐ちゃんとブラコンだがホモではない雪男 とか色々考えてた時の話。 雪男の目だと恐ろしい事に。 2011/07/06(9/30格納)