※するっと中学時代を捏造しているので注意して下さい^^





なにも にんげんは つねに おなじことを かんがえているわけではない





【矛盾と不純】

雪男に頼って貰えるのが、純粋に嬉しかった。 どんなに周りの大人から冷たい目で見られても、雪男が笑ってくれればそれでよかった。 『すごいね!』と目を輝かせてくれるのが本当に誇らしくて、ああ、俺はこいつの兄貴で良かったな、とその度に思った。 ずっとずっと、そう思ってきた。 思い続けてきた。 思い込んでいた。 ———重荷に感じるぐらい、ずっと。 『兄さんはやればできるんだから、』 そういう何気ない一言に胸が痛くなった。 雪男に悪気がないことぐらい百も承知だ。わかってるんだ。 けど、痛いことに変わりはない。 期待されたくない。 期待されるのが辛い。 …期待されるのが、怖い。 どうせ俺は、そんな純粋な期待すら裏切るような駄目な奴だ。 そんなの、自分ではよくよく分かっていて、けれど、雪男は分かってくれない。 いつまで経っても小さい頃と同じように俺のことをすごいと思ってくれてるんだ。 それが嬉しくて、でもどうしようもなく苦しい。 苦しいから、気付いて欲しい。俺が駄目な奴なんだって早く分かって欲しい。 そしたらもう、あいつの期待を裏切らないで済むんだ。 早く楽になりたい。楽に、なりたい。 けど、雪男に心底呆れられたら、 多分もう、 生きていけない。 ジジイにどんだけ馬鹿にされても気にならないけど、雪男にがっかりされるのは耐えられない。 『どうせ兄さんは、』なんて言われたら最後まで聞けずに家から飛び出す。 飛び出したまま、二度と家には帰れない。 あんなにも優しい弟にそこまで言わせるような屑なら、生きてない方が良いんだ。 そうやって堂々巡りして、結局俺は雪男にどうして欲しいのかわからなくなってしまう。 どうして欲しいとか偉そうな事を言える身分じゃないのは分かってる。 でも、気付いて欲しくて呆れて欲しくなくて、このぐるぐると延々に沈んでいく状態は、やっぱりよくないんだろうと思う。 頭が良くないから、一つのことを考えていると他は全く手に付かなくなる。 ずっと考え込んでいるせいで、雪男に教えて貰っている勉強もさっぱり覚えられない。 余りにも覚えが悪いせいで雪男には余計心配掛けるし、心配を掛けていることが背中からじくじく刺さってきて、死にそうになる。 死にそうになる、と言えばもう一つ全く別の話があるのだが、それは今うまくまとめる言葉が見つからないので、後回しにしよう。 後回し、後回し。 そうやって頭の容量が足りないのを良い事に延々放っておいたせいで、それも深刻な問題になってたらしい。 …らしい、じゃないだろ。自分のことなんだからはっきりしろよ。 そう思ってぺしっと頭を叩いてみたが、動きが良くなるわけもない。 はっきりしているのは、それはそれで厄介な問題でまた一から考えはじめなくては説明出来ないことなので今ここで唸ったところでどうにもならない、ということだけである。 一度に一つのことしか考えられないのは本当に面倒臭い。 けど、俺という人間はそういう風にしか出来ていない。 雪男とは、違うからな。 / 「僕は心配だよ、兄さん」 夕飯を食べていたらぽつりと雪男が言った。 ごめんな雪男。 口に出して謝りたいのは山々だったが、何に対して謝ったの、と聞かれるとうまく答えられないので心の中でだけ謝る。 「おー、言ってやれ雪男」 うるせぇジジイは黙ってろ。いー、と歯を剥く。 「あのね、兄さん。確かにあれだけ勉強が苦手だったら学校に行くのも嫌になるかもしれないけど、流石に中学を卒業しちゃったらそこから先はそんなに甘えてもいられないんだから、今のうちに何とか勉強嫌いを克服しておいた方が良いと思うんだ」 真っ直ぐに、俺を見ている。 俺のことを最初から馬鹿にしてかかっている教師とは違う。真剣に、俺のためを思って言ってくれてるんだ。わかってる。だから、 「雪男。…俺、高校には行かないつもりなんだ」 「え?」 漫画みたいに里芋を取り落とした。 雪男がそんなうっかりをやるなんて、久しぶりだ。 「…だってほら、俺お前の言うように勉強嫌いだしさ。高校受験するのも大変だし、そっから三年間勉強するとか考えただけでも…頭が痛くなんだよ」 すごくびっくりしているらしい。口がぽかんと開いている。 ジジイは平然と飯を食ってやがるので、やっぱり何となくわかってたんだろう。 「え、でも、兄さん…高校行かないで何するの?」 真っ当な質問だ。 「いや、あの、働こうかな…とか…」 ごにょごにょと語尾が消えたのはどうも言い切るだけの自信が持てなかったからである。 いや、働くつもりはあるんだ。あるけど、雇ってもらえるかどうかは別問題だし、その。 …言いきってしまったら、また出来なかったときに雪男に顔向けできないじゃないか。 『はぁ!? 働くってどこで』なんて怒鳴られるかと待っていたのだが、来ない。 おかしいなぁと思いながらちらっと上目で確認すると、なんだかひどくぼんやりした顔の雪男が目に入った。 「ゆ…ゆきお?」 落としっぱなしの里芋がやたらと間抜けだ。 「ゆきお…? おい…」 目の前で手を振ってみたが反応が無い。 そしてやっぱり普通に飯を食い続けてるジジイ。何か腹立ってきたな。 でもって雪男は一体どうしたんだろう。 「………んだ…」 「うん?」 「にいさんと一緒じゃないんだ…」 あれ、えっと、 「ごめん…何か勝手に兄さんも高校に行く物だと思ってたんだ」 …………………あ。 どうしよう。 いま、すごく、失敗したかもしれない。 「そうだよね、別に高校からは義務教育じゃないし…」 「えっとだな、雪男」 「うん、余計なこと言ってごめん」 やばい全然話聞く気がねぇじゃねぇか。 「あのな、俺は別に」 「ごちそうさま、神父さん、先にお風呂入ってきます」 「おう、行ってこい」 「おいジジイ! ってか雪男!」 逃げるように食卓を後にした雪男を追いかけようにも追いかけられない。 「…なんだよ」 「いやー? 別に今のはお前が悪いんじゃないだろうしな」 ごちそうさま、と手を合わせて言う。 お粗末様。条件反射で口が滑った。 「………けどあれ…泣かせたかもしれない…」 食事も途中にしたままここから逃げるように出て行ったのだ。 多分、泣いてる。 見てはいないけど、何となく、そう思った。 雪男はいつからか、俺の前で泣かなくなった。 他の人の前ではどうか知らない。けど、少なくとも俺の前でだけは絶対に泣かなくなった。 泣きそうになると、逃げる。逃げて、何時間かしたらなにごとも無いような顔でまた顔を合わせることになる。 顔を洗っても、無理に笑っても、目がどこか腫れているのは誤魔化せない。 それを言ってやっても良かったが、なんだかルール違反な気がしてできなかった。 心配させたくない、という気持ちは痛いほど分かる。じゃあ気付かないふりをしてやるのが兄貴ってもんだろうが。 そう思って喉まで出てくる言葉を押しとどめた。 けれどそうやって雪男が俺に気を遣っていることが歯軋りしたくなるぐらい悔しかった。 心配すらさせてくれねぇのかよ。俺はそんなに頼りねぇと思われてんのかよ。 ぐらぐらと腹の底が煮えて、暫くして、急に冷静になる。 冷たくなって、今度はどろどろとした何かに沈んでいく。 もしかして、今のは俺のせいだったんじゃないか 俺が馬鹿なことをしたから、雪男が泣きたくなるぐらい傷ついたんじゃないか 泣いてる顔を見られたくないぐらい、俺のことが嫌いになったんじゃないだろうか——— 言い出したらきりがないぐらい、あれこれと考えてしまう。 一度に色んな事を考えられない頭なのに、悪いことだけは次から次へと思いつくんだからどうしようもない。 俺が雪男を泣かせてるんだとしたら、 俺なんて、 居ない方が良いんだ。 答えはいつも、シンプルだった。 「ああ、まぁ泣いてたかもしれないな」 俺がこれだけ深刻に悩んでいるというのにのんきな物だ。 「かもしれない、じゃねぇよ。だって今のは絶対俺のせいじゃねぇか」 もし、今雪男がどこかで蹲って泣いてるのを見つけてしまったら、 『俺のせいで泣いている雪男』をはっきりと確認してしまったら、 俺はもう二度と、自分に生きて良いと言ってやれない。 何より大事な弟を傷つける俺なんて、最低どころの話じゃない。 「だから、言ってるだろ。今のはお前のせいじゃないさ、燐。つーかまぁ…誰のせいでもねぇんだ。世の中にはそういう事が山ほどあるんだぞ」 「そういう話じゃねぇだろ! 俺のことで雪男を泣かせるなんて絶対駄目だ」 「絶対、なぁ…。この世界にはそうそう絶対なんて物は無いぞ」 「いい加減にしろよジジイ! 俺は…俺だけは、あいつのこと泣かせちゃ駄目なんだよ。だって俺、あいつの兄貴なんだぞ。どんだけ屑扱いされても構わねぇけど、雪男には…ゆきお、には…」 「…あーあ、とんだ泣き虫兄貴だなぁ、燐」 ぼろぼろと涙が落ちる。 訳が分からなかった。 だって雪男をがっかりさせたんだ、って思ったら、喋ってる場合じゃなくなった。 やってしまったんだ。 いつかはやると思ってたけど、それが今日だとは思ってなかったんだ。 だから、 「あー、あー。ほんとガキってのはめんどくせぇな…」 ジジイが何を言ったかなんてどうでもよかった。 ただ顔を両手で覆ってぼろぼろと泣き続けるだけで、俺は手一杯だったのだ。 / 家を飛び出してしまっても良かった。 すぐさま、何も持たずに、出て行っても良かった。 けれど、その前に雪男に謝ってからにしよう、と思ったのは面倒くさい未練って奴だろう。 ———だってもう、二度と顔を見られなくなるんだ。 十何年も一緒に居たんだから顔ぐらいちゃんと覚えてる。でもそういう問題じゃない。 これで見納めなんだ、ときちんとわかった状態で見ておきたい。 なんて言いながら、雪男が眠ってしまうまで怖くて部屋に入れなかったんだから、俺は最後まで駄目なやつだったなぁといっそ自分に呆れた。 「ゆきお?」 返事が無いことに安心して部屋に入る。 泣き疲れていつもより早めに寝てくれたようで助かった。…いや、そのせいで家を出るんだから良かったってのはおかしいのか。もうなんかぐだぐだだ。 当然のことながら部屋の明かりは消えていて、いつもならつけっぱなしにしてあるランプも消えていた。 多分、点けずにそのまま寝たんだろう。そのぐらい、雪男は疲れてたんだ。 じわ、と涙が出そうになったのを必死に押しとどめた。 駄目だ、涙腺がゆるゆるだ。一回泣くと泣き癖が付いてよくない。 そんなのでこれから一人でやってけるのか奥村燐。しっかりしろよ。 首を左右に振って暗い気分を吹き飛ばし、ある程度暗さに慣れた目で部屋の中を歩く。 先ずは窓際によって引かれたままのカーテンを開ける。思ってたより少しだけ明るい月の光が差し込んだ。 この程度の明かりなら、起こさずに済むだろう。そっと残りの二歩を歩く。 ベッドに、音を立てないように手をついて覗き込んだ。 頬の部分だけ月光に照らされた柔らかい寝顔だ。 困ったようでも、痛そうでもない、穏やかな表情。 小さいときから、寝顔だけはあまり変わらない。 俺の知っている雪男はいつまで経っても昔のままで、顔をぐずぐずにして泣いて、よたよたと俺に付いてきて、俺を見つけてはくしゃりと笑ってくれる。 上書きされてるはずなのに、いつまでもどこか、引き摺っている。 ———そう言えば最近あんな風に笑っているのを見ない。 涙だけじゃなくて、感情そのものを表に出さなくなったような気がするのに、まだ、忘れられないでいるのだ。 代わりに雪男は、怖いぐらいきれいに笑うようになった。 耳鳴りがするような、息が詰まるような、そんな笑い方をするのだ。 そのたびに肺を押し潰されながら、それでも目が離せないでいる。 いつか、心臓が破れてしまうような気さえしていた。 さっきとは、違う意味で。 だから、起きている雪男ではなくて、眠っている雪男を待った。 一つしか考えられないなら、『弟』の事を考えたい。 『弟』の顔を見て、ヒツウな覚悟を胸に家を飛び出したい。 漫画みたいだ。 漫画みたいにかっこよく別れられたら、多分、それが一番良い。 かっこいい兄貴のまま記憶を止めて貰えるのだ。 …ぜったい、それが良い。 考えている間中ずっと、寝息が耳に入っていた。 すやすや、というより、すよすよ、って気がするけどまぁそれはどうでも良いか。 もう少しだけ近くで見ようかと思って、屈んでみた。 …あ、首に黒子が増えてる… これ明日ぐらい気付きそうだな… 触ろうと思って、いや、起こしたらやばいんだった、と思い出して慌てて手を引っ込める。 と同時に部屋が急に暗くなった。 びっくりして振り向くと、月に雲が掛かっている。 「びっくりさせんなよ…」 溜息を吐いてやれやれ、と前に向き直ったらシャツの裾を思いっきり掴まれていた。 あれ? いや、おかしくねぇ? 掴まれてたって、そんな、だって 「びっくりしたのはこっちだよ、兄さん」 さっきのお騒がせ野郎もとい雲が途切れたらしい。再び部屋に月明かりが満ちる。 眼鏡越しでない目が、青白い光を反射する。 やばい、きれいだ。 「あ、あー、えっと、ゆきお」 「どうして電気も点けずに入ってきたの」 眉間に皺が寄る。目が覚めたらすぐに、雪男の顔は険しくなる。 「いや、だって起こしたら、えっと」 「起こさずに、何をしようとしてたの?」 険しくさせてるのはいつでも俺だ。だから俺はこうして家を出ようと思って、出るためにまず雪男に、 「なに、って」 雪男に、 「僕に、」 「———キス、とか…」 口が先に喋った。 断じて、考えに考えた答えじゃない。 というか、こんな事を考えてたのかと自分でも今やっと掴んだところだ。 「………は?」 雪男のぽかんとした顔を見るのは今日二度目である。 今日は何なんだろう、一体。 「お前が訊いたんじゃねぇか」 そしてなんかこう、開き直ってきた。 考えてる暇なんか無いんだから思いついたまま喋るしかない。 「…え、本気なの…?」 「本気だって。つーかそれだけはしとかないと俺が後悔する」 「こうかい…こうかいって、いや、だから」 「つーわけで悪いな雪男。隙アリ」 あいたままの口を素早く塞いで、やったぞ、勝った! みたいな心境になった端から、何に勝ったのかさっぱりわからなくて混乱してきた。 というか、これどういう状況なんだか俺に分かるように誰か説明してくれよ。 出来れば三十字以内で。 「…っ、ぁ…」 あと、うまい言い訳を五十字以内で。 五十字はちょっと多すぎるか、やっぱ三十字ぐらいで頼むわ。 「は、ぁ………」 流石に覚えられない言い訳じゃ意味ねぇし… 「に、…さ」 「…、うん?」 「…………いえ、でるの?」 ………あ、れ? いや、俺まだ言ってないよな、なんで知ってるんだ。 「そ…そのつもり…だけど」 「…そっか…じゃあ僕も出ようかな」 じゃあ!?  じゃあじゃないだろ。雪男と一緒に居るのがまずいから家を出ようって思ってるんだぞこっちは。 「いや、でもお前は」 「———だって、兄さんが居ないなら、どこだって一緒だよ」 何言ってるんだ、雪男。 「そ、それはそうだけど」 眼鏡が無くて雪男からは殆ど俺のことが見えてないんだろう。 そのせいか何かいつもより随分と恥ずかしいことを言ってくれるじゃねぇか。 けどな、雪男。 こっちからは全部見えてるんだから、頼むからそういうことは… 「……でも、そうか…。兄さんと同じ学校に行くつもりだったからやっぱりちょっと凹んだな」 「…え?」 「中学はなんだか合わなかったみたいだから、高校なら大丈夫かなって思ったんだけど」 ………えーと、悪い、雪男。 俺は何か重大な勘違いをしてるんだろうか。 「でも、どうせ一緒じゃないなら、全寮制の学校でも変わらないしね…」 … ……… …………… 「雪男、あの、俺は」 頼むから余計なことを言わないでくれ。 口に出す代わりに雪男は俺の頭を抱き寄せた。 なんで口に出されてないのに分かったかというと、指先の力の入りようとか、優しいけど結構な力で押さえつけられていることとか、そういうのから何となく、という奴だ。 一日に二度も泣かせるような真似はしたくないので、俺はもう黙ってされるがままである。 そうして心臓の音を聞きながら、雪男も手一杯なんだもんな、なんて思う。 なんだか微笑ましい気分になりながら、 あれ、 なんか大事なことを見逃してないだろうかと、 見逃して、 見過ごして、 見損なって、 …あ、ああ!? なんか俺成り行きで結構凄まじいことしなかったか? したよな、してたよな? いやいや、なんでスルーされてるんだ俺。 スルーされてラッキーだったのか、これ、そういう事なのか? 収まりの悪いもやもやが胸に渦巻きはじめたが、そんなことはお構い無しにまたすよすよと寝息を立て始めた雪男に、俺は最早考える事を諦める、という最終手段をとることで対抗する。 完全に出て行きそびれたことに少しだけ感謝しつつ。 / 考えは簡単に二転三転し、 朝令暮改され、 不純な全てを隠しきる

この時期ちょっと自分の中で中学生奥村が来てたんだと思います。 病みだした。笑 アニメが鬱展開かなぁ…みたいな時で無理矢理方向転換した跡が…笑 2011/09/17(01/17格納)