※前作と関係有るようなないようなそんな何か。 ※※テンプレートそのままです本当にありがとうございます、みたいな何か。 ※※※酔っ払いに思考を求めるな、という典型。 「わかってるよ、うん、食べるって」 白い息を吐きながら雪男は本日何度目かの溜息を吐いた。 この時期の夜は冷え込む。耳が冷たくなって、そこから滑り込んでくる冷気の為に頭が痛くなる。 幼い頃からずっと冬場の頭痛に悩まされているが、今日の痛みはアルコールのせいもあるかもしれない。 『お前、飲み過ぎなんじゃねぇの?』 「別に一升瓶を明けるほど飲んだ訳じゃ無いよ、大丈夫だから」 何を悟ったのか酒量を窘められる。 そういう得体の知れない勘のようなものでひやりとさせられるのももう慣れたものだが、なんだか最近特に鋭くなった気がする、と彼は思う。 『ならいいけど…あ、そうだ、アイス忘れんなよ。ゴリゴリ君だぞ。箱だぞ』 土産の話題に切り替えて貰えたことは正直に言って僥倖だった。 「うん、そうだね。ちゃんと箱で買って帰るから」 しかしこの寒いのにアイスか。雪男はまた余計に頭が痛くなる気がした。 そういえば。 アイスクリームを食べて頭が痛くなる現象のことをそのまま、アイスクリーム頭痛というらしい。 頭の痛いときにその話を思い出したくはなかった。 思わず溜息を吐くと、気を遣ったようなコメントがある。実際、食いつかんばかりの勢いだが、あまり矢継ぎ早に喋られると余計頭に響く。 彼はすこしばかり電話本体を耳から離した。 「はいはい、心配しなくてもそこらで買ったらすぐに鍵で戻るから」 尚も食い下がってくる兄の強情さに呆れつつも、ふわりと、人が見れば思わず視線を外したくなるような甘い顔をする。 こればかりは本人も気付いていないので相当質が悪い。 「まぁワインでも飲みながら待ってて。すぐ帰るから」 やっと大人しくなったらしいタイミングを逃さず電話を切る。 お決まりの入店音を聞きながら、真っ直ぐに冷凍食品の棚に向かう。 わざわざコンビニで、この寒いのに氷菓子を買う酔っ払い。 脳味噌までアルコール漬けになったかと店員に白い目で見られるのは何となく気が引けたが、それも込みでの要求だろうから、と堪えつつレジに向かう。 と、レジすぐの所に一粒三十円そこそこのチョコレートが並んでいるのを見つけた。 そう言えば昔よく食べたなぁ、とぼんやり思いつつ何気なく四つ掴んで氷菓子の箱と一緒に会計に出す。 「525円になります」 白い目はされなかったが、なんとなくおかしそうな顔をされる。そんなに不釣り合いだっただろうか、と首を傾げつつ小銭を出す。 ああまぁ確かにいい年の男が氷菓子とチョコレートというのもなんだか妙なものか、と勝手に納得し、それ以上考える事もなかった。 「525円ちょうどいただきます。———ありがとうございます、またお待ちしております」 ぺこりと頭を下げられる。ああ、夜も更けると暇なのか、と何となく推測しながら店を出た。背後に入店時と同じ音が微かに鳴っていた。 / 「おせーよ、」 ぶすくれた様子で出迎えられた。 「ごめんね。でも朝にちゃんと言って出たよね」 屈んで冷凍庫の一番下の段を開ける。袋ごと入れかけて、そう言えばチョコレートを買ってたんだった、と思い出して避難させる。 入れておいたからと言って悪くなるものでもないが、『忘れそうだし』という単純な理由からである。 「聞いてねーもん」 批難するような言葉ではあるが、どこか甘えたような調子だ。 雪男が冷凍庫を閉じたのと同時に、燐は立ち上がってぺたぺたと雪男の方へ歩を進めた。 「じゃあ兄さんが聞き逃してたんだよ」 「そーかぁ?」 同じようにしゃがみ込んだ燐から、ほんのりとワインのにおいがする。『ワインでも飲みながら』という言葉を文字通り受け取ったらしい。 あれは飲み過ぎを窘められた返礼のようなものだったのだが、と雪男はばれないように笑う。 そう言えば一瞬見た机の上に赤ワインのボトルが置いてあった気がする。 (……あれ、赤は開けてなかったはずなんだけど……残り半分ぐらいになっていなかったか。) 恐ろしい事に気付いたが、彼の思考回路はそこで結論を出すのを放棄した。悪魔が酔い潰れるなんてナンセンスだ。きっと問題無い。 「大事な話を聞かないのは今に始まった事じゃないしね」 「なんつー言い方だ」 ふよふよと尾の先が頬を撫でる。言葉と態度が噛み合わない。憤慨しているのだかそうでもないのだか、よく解らないことをするものだ。 けれど、どことなくくすぐられているような感触に、怒っている訳ではないのか、と雪男は結論づけた。 「ほんとのことでしょ」 毛の流れに沿って指を通らせる。見た目の割に絡まったりしない。不思議な物だと思いながら何往復かさせた。 「……お前ほんと、そーいうのはずりぃぞ」 燐が呻きに近いような声で言う。 「そーいうのって?」 何を指しているのか思い当たる節が無く、雪男は軽く首を傾げた。 「それだ! そういうのだ! ……俺は待たされて怒ってんだから、その程度で誤魔化されるつもりなんてねぇんだからな!」 相変わらず言葉の割に、と言う奴で、ぱしぱしと雪男の手を叩く尾はやたらと機嫌が良さそうである。 「アイスもちゃんと買って帰ったけど」 冷凍庫の扉を軽く空いた方の手でノックする。そう言えばまだチョコレートが床に置いてあるままだった。 雪男は一瞬そちらに目を遣って、燐に戻す。 「でも怒ってんの」 だが、目を合わせたくないのか、燐はぷい、とそっぽを向いた。今時小学生でもやらないような見事なふくれ面である。 二十五にもなって、なんて子供っぽい事を。同い年の兄を見つつ雪男は苦笑する。 「ご飯も出してくれたら食べるけど」 さて宥め賺す為の言葉ももう使い尽くした。これで『機嫌が直らな』かったら一体どうすれば良いんだろう、とぼんやり考える。 「当たり前だろ」 そんなものは交換条件だと認めない、らしい。 「じゃあ何」 べろり、と唇を舐める舌は赤い。 「……相当飲んだだろ」 措いておいたものの、答え合わせはすぐに出来てしまった。吐息が完全にワインのにおいである。雪男はやれやれ、と溜息を吐いた。 しかしその自分も相当飲んで帰っていることはすっかり棚上げになっている。 「だってお前が待たせたんだぞ」 燐が唇を尖らせて抗議する。 「……それはごめん」 何を言っても無駄だ、と諦めて勝ちを譲る。燐が折れるのを待っていたのでは夜が明けそうだという或る意味冷静な読みの結果である。 それはもう、二十五年も一緒に居て解らない訳がない。 「別にいいけどな」 ところが、案外あっさりと機嫌を直したらしいことを言う。そんなはずはない。何となく不穏な物を感じて雪男は身構える。 「けど、って———」 実に素早く、かつ自然な動作で地面に縫い付けられたのは一体何度目になるのか。やめろ、と抗議する間も無かった。 別段、体格が悪いわけでも何でもない。寧ろ両腕に二挺の拳銃を握って悪魔と対峙している日常だ。平均よりもかなり筋肉質な方である。 ただ、相手が悪いだけなのだ。 相性の問題だと言っても良い。 単純な腕力で勝てず、奇策を弄してまで抵抗しようと思えない相手なので、為すがままになっているというのが現状だ。 (考えるだけ無駄だろうな) 雪男は瞬きするだけで、一言も口には出さない。 「なー、雪男。エロい事したい」 耳元に熱が滞る。 完全に酔っ払いじゃ———ああ、いや……いつもこんなものだったか、と即座に訂正する。 そこで訂正が出されてしまう燐の日頃の態度、というのもいかがな物なのか。 実の兄の素行に呆れざるを得ない。 (酔うと本性が出るって言うけど……露骨だなぁ……もう。他にやりたいことが無いのかこの馬鹿兄は) 今度こそ雪男は溜息を吐いた。 「あのね、兄さん。人の身体はアルコールを摂取してすぐに激しい運動をできるようには出来てないんだよ。命に関わる」 ぴしゃりと言うと、燐は暫く考えた後、 「……具体的にどのくらい待てば良いんだよ。一時間?」 と、一応ステイします、という態度を取る。 余談だが、敏腕営業マンの技術に、『先に小さく譲歩する』というのがある。 先に一歩退いてしまう事でなんとなしに受け手に生まれる罪悪感によってその後の交渉を有利に進めることが出来る、という正にプロのやり口だ。 営業のプロである悪魔はその辺りをきちんと身に付けている。それが思考の結果でなくとも、感覚としてよく解っているのだ。 そしてきちんとそれに乗せられて、『やめさせる』から『待たせる』に目的がすり替わっている雪男である。 「さぁ……けど飲んでから三時間は心配だしなぁ……」 言われた言葉を反芻するように、さんじかん、と燐は呟いた。 「……それ、あれじゃねぇ? 放置プレイって奴じゃねぇ?」 燐の口から出た単語の微妙さに雪男は思わず眉を顰めた。 「だってさ、三時間も一体何して待ってりゃ良いんだよ。いやむしろ、三時間延々カウントダウン気分で過ごせって事だろ。鬼か」 軽口を言ってはいるが、目が凄まじくぎらついている。 「鬼でも悪魔でもないよ。事実だもの」 身体を起こそうと、雪男は肘を床についた。 「一時間。待ってそんだけだよ。それ以上はどう考えても無理だ」 「や、それはちょっと短い」 にべもない。 「う。じゃあ一時間半だ。俺はもう限界一杯まで譲ったからな!」 「まぁのんびり風呂にでもつかって待っててくれれば良いんじゃないの」 因みに、本来は飲酒後すぐの入浴も敬遠対象になる。あくまでも『まぁ悪魔だし大丈夫か』という甘い目算を元にした発言だ。 「そんなののぼせる。死ぬ」 燐はぐるぐると犬や猫のように喉を鳴らす。 「そう簡単に死なないよ」 その後頭部に手をやってゆっくりと撫でる。そろそろこの中途半端な体勢もきついなぁ、とぼんやり思いつつ。 退いてくれるように改めて言おうかと雪男が目を合わせると、 「我慢し過ぎて死ぬ」 などと言い出した。 ああこれはうまいこと気を逸らさないとなぁと酒の回った頭で暫し考えて雪男が出してきた答えがこれである。 アルコールは思考力を鈍らせる。 「……兄さんが死んだら僕は生きていけないよ?」 クリティカルヒット。 「………まじで?」 「うん」 「……………へぇ……そっか……」 尻尾がばしばしと床を叩いた。 「そうだよ」 「………なぁ、やっぱりさぁ……」 「うん?」 「今やっちゃだめ?」 二五歳にもなって上目遣いでおねだりはきついなぁ、と雪男は苦笑する。 しかも、思いっきり馬乗りになっておきながら上目遣いとは器用にも程がある。 「だめ」 「うう………」 「酔いが醒めたらつきあってあげるから。ね?」 念のために言っておくと、酔いが醒めたらそんなことは口が裂けても言えない雪男である。 「とりあえず、ご飯作ってくれてるんだろ? そっち先に食べたい」 「……ん、わかった」 のそのそと起き上がる。 「ところでその袋さ」 「うん」 「何が入ってんの?」 「ああ。チョコレート。昔よく食べただろ、これ」 白いビニール袋から黄色の包装紙に包まれたチョコレートを取り出す。 「そういやそうだったな———じゃなくて、なんで急に?」 「ん? ああ、たまたま。アイス買ったついで」 「ふぅん?」 「僕がご飯食べてる間口寂しいだろ。食べてて良いよ」 「な……!? おま……くそ……そういう……」 荒っぽい手付きで包装紙を毟り取ると、口に勢いよく放り込んでばりばりと噛み砕く。 「がっつかないの」 「早く食えよ。こんなのすぐなくなるぞ」 捨て台詞のように言う。 「あーあ。もっと買ってくればよかった。その調子じゃ僕の分なくなっちゃうね」 くすくすと笑いながら食卓につく。 「…………雪男、」 「ん? どうし———」 舌を絡めた間に、欠片が残る。 「おら。味ぐらいは分かっただろ」 「拗ねてるの?」 きつい語調でつっかかってこられたので、取りなすように甘えてみせる。 「拗ねてない」 「でも酒臭くて全然わかんなかった」 「お前も大概呑んできただろ」 一人でワインボトル半分とコールやら飲み比べやらに勝ってきたのとどちらが酷いかは難しいところだが。 「うん、だからやっぱり一個置いといて。これ食べ終わってからにする」 「………おう」
志摩雪の続きなのに当たり前のように奥村がいちゃいちゃし始めたのでちょっと怖い
2012/03/04(04/29格納) |