Gemini
「奥村君は何座ー?」 教室の喧噪を余所に意識だけがふらふらと別の所に飛んでいたようで、何を訊かれたのか理解するのにいつもの倍ほど時間がかかった。 「え? あー…えっと…山羊座?」 十二月後半からは確か山羊座だった気がする。 自分の記憶を信用するなら、だが。 一般常識だといわれればそうなのだろうが、如何せん、魔を祓うことに関する知識を優先的に詰め込んでいるのでそれ以外が必然的に疎かになってしまうのだ。 「へーそっかー。双子のお兄さんが居るって言ってたから『双子座』だったら面白いなーって思ってたんだけど、流石にそれはできすぎだよねー」 最初に訊いてきたのとは別の子が笑う。 「ごめんね、期待に添えなくて」 そう言いつつも、自分の思考がどんどん現実から離れていくのを止められない。 「そんなことであやまらなくていいよ−。ほんと奥村君って面白いね」 誰かと居るのに、意識だけが思考の内面に滑り落ちていく。 「そうそう、で、今週の山羊座の運勢は———」 / 「え? 俺双子座じゃないの?」 そんな調子で酷く間抜けな事を言う。 朝のニュース番組の終わりの二三分ぐらいの話だ。 ついさっきまで違うチャンネルに合わせてあったのに、慌てて起きてきた兄に変えられた。 まぁ学校に行くまでの残り五分程度の事なのだから、目くじらを立てるほどのことではないだろう。 そう思いながら最後の一口を放り込む。 「うわー、雪男ー今日は運勢最高だってよ」 ものすごい勢いでご飯を掻き込む合間に嬉々としてコメントする。 釣られて画面に目を遣るが、そこに書かれていたのは一位の双子座の運勢についてだ。 「ねぇ兄さん…まさかとは思うけどさ…」 「おー」 「双子座の運勢のことを言ってるの?」 画面は切り替わって二位以下の表示になっている。 「何当たり前のこといってんだよ。雪男も一緒だろ」 六位は天秤座のあなた! だそうだ。 「あのさぁ兄さん…僕ら十二月生まれでしょ? 双子座じゃあないとおもうよ、間違いなく」 ぽかんとした顔の具体例が目の前に提示される。 「え? 俺双子座じゃないの?」 「違うよ、だって双子座ってあれ…五月だか六月だかの星座でしょう?」 『十二位は…ごめんなさーい、山羊座のあなたです』 「星座って…何月生まれかに関係あるのか…」 そこからか。そのあたりから説明しなくてはならないのか。 ———いや、別に自分だって詳しく知っているわけじゃない。 漠然と何月ぐらいに何座が配置されてるかを想像出来るだけで詳しい占星術的な話はさっぱりわからないのだ。 ただ、占いの好きな女の子に教えてもらった程度の知識があるだけの話で。 「兄さん…」 「へー、そっかー。俺双子はみんな双子座なんだと思ってたんだけどな」 どんな解釈だ。 寧ろ双子座以外をどう説明するんだ兄さん。 乙女座ぐらいならなんとかなるかもしれないが、獅子座とか蟹座とか一体どう折り合いを付ければ良いんだよ。 と、考えているうちに頭が痛くなってきたので、 「うーん…占いとか気になるなら一度きちんと調べてみたら?」 と相当オブラートに包んだ言い方でお茶を濁した。 / 「奥村先生、聞こえてました?」 「え? あ、いえ、済みません、少しぼうっとしてて」 同僚の声が掛かるまで、一体どこでどうしていたのかわからない。 「大丈夫ですか? なんだか具合悪そうですけど」 怪訝そうな様子で見られる。 「ああ…少しばかり寝不足で。教員としての自覚が足りませんね。反省してます」 「いや、そういうんじゃなくて…なんて言うのかな。相が悪い、とでも言えば良いのか」 言葉を選びあぐねている、という風にも見える。 「相、ですか?」 「相、です…ってなんか出来の悪いギャグみたいになってきましたね。すみません」 はは、と、社交的な笑いに困惑と気遣いを混ぜたような顔をする。 「いえいえ。お気遣いありがとうございます。今日は早めに寝ることにしますね」 そう言って立ち去ってから結局何で呼び止められたのか確認するのを忘れていたことに気がついた。 熟々抜けている。 「という訳で、今日は一日妙にふわふわしててね。自分でもどうかと思うよ」 夕飯をきちんと一緒に食べる、というのはどちらが言い出した訳でもないが何となく習慣になっているものの一つである。 「お前、頑張りすぎなんだよ。そんなことしてたら風邪引くぞ」 小松菜の入った味噌汁を啜りながら兄の小言を聞く。 子供じゃないんだから「風邪引くぞ」はないだろう。 思わずくすりと笑ってしまう。 「あ、お前本気にしてないな」 「いや、だってそんな…確かに体調は崩れ気味と言えば崩れ気味だけど風邪引くって———」 そこまで言って、なんだか妙な感覚に囚われた。 「そういえば、兄さんはもう風邪引かないのかな」 焼き鮭を解す。小骨を綺麗に選り分けてから食べたい派。 「…うぇ? …あー…どうなんだろうなぁ…怪我はすぐ治るけど…風邪なぁ…」 箸を銜えたまま考え込んでいる。 「行儀が悪いよ」と指摘しても良いが、そうするとまた話がぶれそうなのでやめておく。 「引かねぇんじゃねーか? まぁ病気なんかはしないに越したことねぇって」 何となく兄の中で結論がでたのか、からっとした調子で言う。 「まぁそうなんだけどね」 あ、この煮浸し凄く美味しい。 「つーかさ、雪男。何か悩んでることあるならちゃんと言えよ? いつでも聞いてやるから」 「いつっ」 舌を噛んだ。 「大丈夫か!?」 「らいじょーぶ、ひたかんららけ」 やたらと大袈裟なリアクションを取る兄が面白くも愛おしい。しかし、その兄のせいで舌を噛んだ訳だから相殺だ。 柄にもない事を急に言うから———ああいや、柄にもない訳じゃ無くて、寧ろ、まず間違いなく言うだろうな、というセオリー通りの一言ではあった訳だが。 予測できることと実際に聞くこととの間にはやはり大きな乖離がある。 ちらっと盗み見た兄はおろおろと視線を彷徨わせていた。 そんな風に周囲の状況を目に入れなくとも、ここには二人しか居ないのだから、新しい条件なんて増えないよ。 そう思いながらも舌が痛いので喋れない。 「あ、あのな、雪男。今日の山羊座は最下位でな、ラッキーメニューが煮浸しでさ」 急に何を言い出すんだ、兄さん。論の展開がさっぱり予測できない。 「いや、あの悪気はなかったんだ。ていうかそんな舌を噛ませるために作ったわけじゃなくてだな」 …何を言っているんだ兄さん。 「ごめんな、雪男。痛いか?」 やたらと真剣に、自分の方が痛そうな顔で言う。 全く、もう。 「…はは、は、も、限界だよ兄さん…ほんと…そんなことで謝らなくていいよ、面白いなぁ兄さんは」 駄目だ、笑いすぎて涙が出てきた。 「ば! 俺はお前のことを心配してだなぁ…!」 かっ、と音がしそうな勢いで赤くなる。 「うん、知ってる。ありがとう、兄さん」 「…お……おう…」 大人しく引き下がるが照れたように目を合わせてくれない。 恐らく「兄として」感謝される滅多に無い機会に内心そわそわしている———に一票。 改めて食べた煮浸しはやっぱり美味しかったのだが、地味に舌に浸みる。 それを悟られないように食べきるのは結構な苦労だが、そのくらいしたって罰は当たらないだろう。双子と言えば双子座について書かねば と思って調べて書き始めたのに できたのはこんな話で『どうしてこうなった』とリアルに頭を抱えた一本。 当然、リベンジしました。笑 2011/05/28(6/11格納)