※色々間違った方向に突っ走る情熱。最悪の想像を事前にしておけば、何が有っても生き延びられるんじゃないかなっていう。 ※※あと大体「悪の組織」とか大好きな可哀想なやつなので 雪ちゃんがアンチヒーローならそれはそれで……ってなったのです。 かわいそうでいとおしいあのこのはなしをしようか 【腐爛の愛】 廃屋をほんの少し綺麗にした程度の建物なので、至る所が薄汚い。 床に積もりっぱなしの埃も、破れっぱなしのビロードのカーテンも、蜘蛛の巣さえも放置。 けれどその方が『悪魔』にとって居心地が良いというのもまた一面の真理ではあるので仕方がない。 人間だった頃の感性は一先ず忘れなくてはならないのだろう。 段差の上には紅い絨毯が敷かれている。とは言え、色褪せて所どころ茶けたような代物だが。 そこにぽつりと置かれた、くたびれた革張りの椅子に腰掛けるのは、どこか大人びた少年である。 顔付きはまだどこか幼いが、その表情と仕草がどうしようもない倦みと疲れを滲ませていた。 丁度その年代物の椅子と馴染んで違和感のない程度には、くすんだ色を持っている。 奥村雪男。それがあの少年の名前だ。 最年少祓魔師資格取得記録を塗り替えた天才。 しかも二種類の資格を取得することで『まぐれ』ではないことをきちんと証明してみせる周到さも持ち合わせている。 天は二物を与えずと言うが、彼ほどに全てを与えられた子は居ないはずだとその話を聞いたときに思った物だ。 正直、嫉妬心が無かったとは言わない。 兄達が資格を取った年になっても中々実技がうまく出来なかったせいで再試験を繰り返した。 結局何度目かの時に試験官が『まぁ、現場で覚える方が早いからね』と通してくれるまでまともに資格さえ取れなかったのだ。 そんな私と同職に就くと聞いてそれはもう、発狂しそうなぐらいに嫉ましく思った。 天才と凡才を等しくおなじものとして扱おうとする世界に、神に、怖気が走った。 奥村雪男は私よりも遙かに優秀だ。———いや、優秀だった。 「そんな顔をするものじゃないよ」 言葉ではそう言うものの、内心踊り出したいぐらい愉快に思っている。 あの少年は、心底憂いている。憂い、苦しみ、しかし諦めている。 無表情にほんの少しの絶望を混ぜた、実に好みの表情をしているのだ。 「折角何もかもから解放されたんだ。君はもう少し愉しそうにするべきじゃないかな」 すらりとした脚を組んで座っている。 いや、最近の若い子は足が長くて本当に羨ましい限りだよ。ちょっとした動作が様になって良いじゃないか。 けれど、そうだな。同じように長い腕を持て余して肘をついているところは減点だ。 まるで私が見下されているような気がするじゃないか。 見下されるのは、嫌いなんだよ。 誰だってそうだろう、見下されて嬉しい奴など居るものか。 おなじ高さにすら居る価値がないのだと散々に罵倒され蹴り飛ばされ遂には面汚し扱いまでされてきた人生を、どうして肯定できる。 人類は皆平等なのではなかったか。ならどうして劣等種などと呼ばれなくてはならなかった。 どうして、どうして私だけが劣っていた。一番年下だったのだから、五歳も離れた兄と同じ事が出来る訳がなかったんだ。 そうだろう。当たり前のことだったんだろう。なのに、どうして私だけは出来損ないの屑だなんて言われたのだ。 なんで父さんも母さんも助けてくれなかったんだ。ぼくがわるかったっていうの。 ぐずでのろまだったぼくが、ぜんぶわるかったんだっていうの? そんな訳が無い、そんなはずが無い! 期待されなかったから、誰も期待してくれなかったから、私はいつまでたっても駄目なままだった。 誰にも求められなかったから、私はこうして今ここにいるのだ。 愛してくれない世界など、どうとでもなってしまえばいい。捨てられたんじゃない。捨ててやったんだ。 私が、自分の意志で、見限ったのだ! 「———黙りは良くないよ。溜め込むといつか爆発するものだ」 いけないいけない。つい熱くなった。 じろり、と冷たい目がこちらに向けられる。 こちらを疎み、侮蔑する氷のような視線。けれど痛いとは思わなかった。 念願の玩具が手に入ったのだ、そのくらいの痛みは痛みの内に入らない。 きっと私と同じ傷を、この子も持っている。こんなにもうつくしいのに、私と同じなのだ。ぞくぞくとする。 「ああ、でもそうだね。もう既に爆発してしまっているから、こんな所に居るのだったね」 返事代わりの舌打ちが耳に心地よい。 無礼な子だ。本当に愛おしいよ。 「安心しなさい。私は君のお兄さんと違って心の底から君を必要としているのだから、」 言い終える前に凄まじい勢いで壁に叩き付けられた。 何が起きたのか一瞬理解が追いつかなかったが、びしょ濡れになった服がきちんと説明してくれた。 彼は覚えたての力を、もう粗方使いこなしている。本当に頭の良い子なのだろう。 頭が良く、悟るのも早く、だからきっと誰よりも早く諦める事を覚えたのだ。 「癇癪かい? まるで子供のようだね」 まだ二十歳にもなっていないのだから、彼は十分子供だ。 癇癪を起こしても良いはずで、そうするのが当然だ。 しかし『奥村雪男』の生き方では八つ当たりだの癇癪だのといったものははっきりと『許されない事』の項目に放り込まれていたことだろう。 ものわかりの良い子供には決して許されないことだから。 「でも良いんだよ。癇癪を起こしたって、私は君を受け入れてあげよう。良い子にしていなくたって、決して『捨てたりしない』のだから」 ただの人間であったときよりも数倍優しい顔で笑って見せた。講師としてもこんな顔を見せたことはなかったのではないだろうか。 ———それもこれも、悪魔になってから身に付けたことだ。 きっと自分に子供が居たらこんな風に笑ってあげただろうし、恋人が居たらこんな風に甘く囁いてあげたろう。 要するにそういった、今までの人生で出来なかったこと全てをさせてくれる相手を見つけたのだ。 「黙ってて下さい、次は心臓を潰しますよ」 狙い撃ち出来るほどに使い方を覚えたと言うのか。はぁ。それはまた随分と。 けれど、彼が出来ると言ったら出来るのだろう。極めて器用な子だから。 「まぁそう言わないで。捨てられた奴同士仲良くしようよ」 頓着せずに歩みを進めた。 一歩、二歩、三歩。 ぐしゃり、と身体の内側で破裂する音がする。 彼を試したわけではないが、本当に心臓が潰れたらしい。 血流のおかしくなるような感触があって、それを追い出すように身体は再生を始める。 不死鳥のからだ。決して死なない。苦しむのも一瞬だ。 「容赦なしだねぇ。けれど私には効かないよ。そのくらい十分解っているはずだろう?」 解っていても抵抗の意思ははきちんと表示しておこうという、それだけの、つまり矜持の。 けれど誇りなんて物は何も産まない。それは君だってよく知っているはずじゃないか。 「あなたに心を許した覚えはありません。不愉快ですからどこか他所にいて下さい」 この期に及んでそんな風に言うの。潔癖だねぇ。 「無意味な諍いは起こしたくない」 眉間に刻んだ皺すらも、 「———その顔、悪く無いよ」 ああ壊してあげたい、掻き乱してあげたい、 「………今すぐ死んで下さい」 「君が私を殺せるというのなら、どうぞ」 顎を掴んで宥めるようにキスしてやる。舌を差し入れると案の定思いっきり噛み付かれた。 肉を裂くように発達した犬歯でぶつりと舌を噛み千切り、砂埃の薄く積もった床に吐き捨てて見せる。 ああ君、意外と行儀が悪いんだったね。 「済みません、口に合わなかった物で」 そんな風にしれっと言ってのけるこの少年の底を覗いてみたいと、思わない訳がない。 「そう。じゃあ馴染むまでそれしか食べさせないでおこうか」 例によって殺意に満ちた顔をしてくれるものだとばかり思っていたが、 「粗食では生きられない質なので」 という予想もしない答えが返ってきた。 成る程、流石に『要領が良い』だけの事はある。 「グルメの君を満足させられるかどうかは、自信が無いけれどね」 / 腐爛した世界へようこそ
藤雪ってもっとあってもいいんじゃね? って思って書いたわけです
お互い可哀想がってるような関係って胸が熱くなるな……! 2012/03/03(09/16格納) |