双子座。占星術で言う所の双児宮。 双子の兄弟の星座であると説明されることが多いが、厳密には双子ではなかったり、しかし記述によってはやっぱり双子であったりとややこしい。 弟のポリュデウケース———日本で馴染みがあるのはラテン語音のポルックスの方だ———がゼウスの子であり、不死性を有している。 兄のカストールが人の子。 たったそれだけのことなのだ。 なので、幼い頃はあまり気にもして居らず(確かに子供ながらに「ああ、逆だ」と思ったりもしたのだが)それだけのこととして忘れていた。 ———忘れていたのだが、諸々のアクシデントに引っ張られてその話を思い出した今の自分が何を考えているかというと、 「世の中に偶然という物が存在するのかしないのか」 という非常に深刻でありながら優先順位の低い問題について、である。Gemini Alter /前編
プラネタリウムに行こう、と言ったらまずいつもの何とも言えない笑みを浮かべてから、 「え、まさか今から行く、とか言ってるんじゃないよね? 冗談だよね、兄さん」 と全身から行きたくないオーラを出す。 「冗談じゃねぇよ? 久々に兄ちゃんが一緒に出かけようって言ってんだからそのくらい付き合えよ眼鏡」 「眼鏡って言うな。ていうかプラネタリウムなんて兄さん…それ、寝に行くようなものだよ」 そう言いながら指で軽く眼鏡を押し上げる。 やっぱり眼鏡じゃねぇか眼鏡。 喉まで出かかった言葉を押さえ込んで(なんと言っても俺はお兄ちゃんなので。大人げないことはしないので!) 「寝る訳ねぇだろ。大体俺は、お前が疲れてるだろうと思って息抜きの為にこうして出掛けようって言ってるんだぞ」 雪男はびっくりしたように、目をまん丸にしてこちらを見た。 ふふん、驚いたか。驚いただろう。 俺だって色々考えてるんだぜ。 「…それは…ありがとう」 言葉の割にありがたみを感じているようには見えない。 「けど兄さん…外出許可貰ってるの?」 …痛いところを突かれた。 「いや、お前…あれだ、そういう時は困ったときの理事長頼みって奴だろ。あいつに直接言いに行けば許可の一つや二つ下ろしてくれるって」 「兄さんはあの人を何だと思ってるの」 仕方ないなぁ、という空気がだだ漏れである。 雪男の癖に、偉そうだぞ。 「とにかく、あいつに言っとけば大丈夫だって。ほら、行くぞ」 「いや、ちょっ…兄さん!」 「それで、私の所に来た訳ですか…」 いつもながら機嫌が良いのか悪いのかよく分からない派手なおっさんである。 「そうでございますです」 「兄さん…頼むから普通にしててよ。済みません、理事長」 シャツの裾を雪男が軽く引いてくる。 「いえいえ、構いませんよ。その辺には最初から期待してませんから」 あの男が子育てとか言い出した段階で既に無理があったんですよね。ほんとそっくりで嫌になります。 そう言いながらさらさらと紙に走り書きをすると、それをばーん、と目の前に出してきた。 「許可状です。その代わり奥村先生の届かないところには絶対に行かないように」 「え? …えええええ!?」 絶叫するなり額を押さえた雪男には申し訳ないが、賭は俺の勝ちである。 満足しつつ今日一日の予定を考えていると、メフィストが軽く手招きをした。 「なんだよ」 「今回は事情が事情なので、私の善意で特別に、許可しただけなので。あと、くれぐれも学園都市の外には出ないように。奥村先生に迷惑を掛けちゃ駄目ですよ」 指をびしっと突きつけてくる。 「言われなくても、分かってるっての。弟の面倒ぐらい俺一人で見られるから気にすんなよ」 許可状をひったくる。 「そこが心配なんですけどねぇ…」 雪男がいつもやるように額を押さえたメフィストは、けれど雪男よりははるかに物わかりが良いようで、 「まぁ良いでしょう。一日しかありませんから有意義に時間を使って下さい」 もう行きなさい、の合図をする。 「おら雪男、許可は取れたんだから行くぞ」 まだ若干惚けている弟を引っ張って部屋を出る。 そうだ、一日は短い。 さっさと準備をしなくてはすぐさま終わってしまうのだ。 「とは言え、兄さんはここの地理に明るくない訳でしょう?」 街中で地図と格闘する俺に対して冷ややかな目を向けながらそう言った。 当たり前のことを言うな。 寮と学校の間ぐらいしか行くところが無かったんだから仕方ないだろうが。 「つまり、プラネタリウムなんて物がある所も分からなければ、そもそもそんな施設が存在しているのかどうかさえ分からない訳だろう?」 「ソウイウコトデス」 「…全くもう…何がしたいの兄さん…」 やれやれ、と言いながらも地図を取り上げるとぱらぱらと捲り、 「ああほら、ここに有った。科学博物館付属のプラネタリウム」 十秒も経たないうちに見つけ出した。 「…お前…すげぇな…」 本当に、我が弟ながら恐ろしい奴である。 可愛げが無くなってお兄ちゃんとしてはがっかりする所なのだが、純粋にすごい、としか思えない。 「兄さんがもう少ししっかりしてくれてたらねぇ…」 そう言う物の、どこか嬉しそうなのは突っ込まないでおいてやろう。 「で、それどっちの方向にあるんだ?」 「えっとね…」前後編に分けてみました。一頁にするにはちょっと分量が多かったので。 2011/05/29(6/17格納)