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科学博物館、という所には一度行ったきりである。
といっても、ここに来たわけでは当然ない。
小学生の時に遠足で行ったのが一度目で、そして今ここに立っている、これが二度目である。

Gemini Alter /後編

「学生二枚」 ほうほうと建物に感心している間にチケットを買われてしまった。 「いや、おい雪男…」 今日は自分が出すつもりだったので財布を慌てて出そうとしたら、 「何してるの? 見たかったんでしょ、早く入るよ」 腰に手を当て、チケット二枚をひらひらとさせて催促された。 …えいもういいや。 思い過ごしかもしれないが、チケットカウンターのお姉さんにも、もぎりのお姉さんにもくすくすと笑われたような気がしてばつが悪い。 「わ、わかってるっつーの」 いい年こいてプラネタリウムを見たいあまり男友達に頼んで付いてきてもらった高校生男子の図。 うわぁ…恥ずかしい…異常に恥ずかしい誤解だ。 訂正の機会がない事がつらい。 けれど問題を起こすなよ、という言葉を思い出して一先ず気持ちを落ち着ける。 そうだ、どうせこの先もう一度くるかどうかもわからない所じゃないか。 少しぐらい恥ずかしい思いをしたところでその場限りの問題だ。よし、解決。 「大丈夫?」 扉をくぐると中は既に薄暗い。 真ん中にどーんと置かれているでかい機械も記憶の中の形と大して違いがなかった。 そうだ、これがプラネタリウムだ。 「あ? どうかしたか?」 「いや、なんかそわそわしてるようだったから心配になって」 周りの目を気にしてか、小さめの声で耳打ちするように喋る。 「気にしすぎだって。そんなことしてたら禿げるぞ」 少し屈まれているのがわかって気分が悪い。 くそ、すぐ抜かす。瞬く間に抜かす。 「ば…兄さん…大体誰のせいでこれだけ気を遣ってると思ってるんだ…」 「それより席決めないと駄目だろ。その辺とかどうだ?」 二列目の真ん中ぐらい。 映画でも前の方より後ろの方が良いし、丁度良いぐらいじゃないのか。 「あ…ああ…うん、兄さんが好きなところに座れば良いんじゃないの」 「やる気ねぇなぁ…」 「いや、だってプラネタリウムってどこに座っても同じだしさ…」 それにどこでも良いからさっさと座らないと、僕たち悪目立ちしてるからね。 あたりを見渡すと、男一人、カップル(!)、子供達、カップル、爺さん、カップル、カップル以下略という面々。 ああ、確かにこれは…浮いてる…。 手近なところに座り、ほっと溜息をつく。 雪男はというと、眼鏡を一旦外し、どこから出したのかわからない眼鏡拭きで拭っているようだ。 落ち着いた物だ。 こうして横顔だけ見ていても、自分と双子にはやっぱり見えない。 「ニランセイソウセイジ」なんだから当たり前でしょ、と言われたが一体どういう意味か未だによく分かっていない。 「どうしたの?」 ごついデザインの眼鏡が無いと、いつもより随分と幼く見える。 寧ろ普段が老けて見えすぎている。 自分と同じだけしか生きていないのに「変な落ち着き」があるのだ。 その原因の一つがこのいかつい眼鏡なのだとあらためて思った。 「いや、それがないとまだまだ可愛いなぁと思って」 「……………どうして、そんな事になったの」 どうしてかと言われると雪男が急に眼鏡を外したりなんかするからだろう、と思いながら、でも寝る前はいつも外してるのになんで今更そんな風に思ったのか自分でもよくわからなくなってきた。 おかしいな、何でだ。 「どうしてって…いや…何となく…?」 「訊いた僕が馬鹿だったよ」 とか何とか言っているうちに照明が落ちた。 『本日は当科学博物館にお越し下さいまして誠にありがとうございます』から始まるアナウンスの半分以上は聴いていなかった。 プラネタリウムに居るのに完全に目を閉じてしまった弟が気になって仕方なかったのである。 『それでは、今夜の星空を見ていきましょう』 真っ暗な中に光の海が出現する。 『本当に見える星空よりはっきりと見えるようにしています』というアナウンスの通り、日頃の倍以上の数の星が見える。 だが、雪男は目を開けようとしない。 ———そう言えば『 ていうかプラネタリウムなんて兄さん…それ、寝に行くようなものだよ』とか何とか言ってたんだった。 あれは俺に対して言ったというより、自分の事を言っていたのか。 『この星達の中には、星座になるものもあるんですよ。ほら、こんな風に線を引くと…』 脈絡無く並んでいた星に何本かの線が引かれる。 バランスの悪い四角形やらなにやらが並ぶ。 『これだけでは分かりにくいですね。絵を付けてみましょう』 正直言って、ここまでくると詐欺だと思う。 さっきまでの箱やら棒やらがこんなに細かい絵になるなんておかしい。 俺は納得しねぇぞ、絶対。 『これは牡牛座。その隣にあるのが双子座で、その横にあるのは蟹座です。この三つの星座の名前は皆さんも聞いたことがあるかもしれませんね。 星占いで使われる黄道十二星座の中の三つの星座です。占いに詳しい人ならご存じかと思いますが、牡牛座は四月下旬から五月中旬までの星座ですよね。けれど一番よく見える時期は丁度今頃で———』 双子座、という星座には微妙な思い出がある。 何を隠そう、「双子なんだから当然自分は双子座なのだ」と相当長い間思い込んでいたのである。 それをあるとき急に「星座って生まれた時期で決まるんだよ」的な指摘を受けたのだ。 驚かない訳無い。 でもよくよく考えると、双子座以外の星座———例えば今出てきたような牡牛座だの蟹座だのといった物が全く説明のしようもないので、当たり前と言えば当たり前じゃないか。 思い込みってのは怖いな、全く。 「双子座には一等星がないんだ」 急に隣から声が聞こえて驚きのあまり席から立ち上がりそうになった。 「ば、雪、おまえ急に喋るなよ」 ばっちり動揺している。ついでに言うと心臓が飛び出すかと思った。 「ごめん、そんなに驚くと思わなかったんだよ」 苦笑いする雪男には相変わらず眼鏡が無い。 「ていうか…起きてたのか」 「目は閉じてたけど、起きてたよ」 断っておくが、小声でしか喋っていない。 ナレーションのお姉さんの声がきちんと聞こえる程度の音量で、ひそひそと喋っているだけである。 「双子座にあるのは1.58等級に見えるカストルと1.14等級に見えるポルックス。それ以外の星は大体暗い。 そしてカストルはカストルABCの三連星で、もっと細かく言えばそれぞれが二連星だから、合計六連星で一つの星として扱われているんだ」 見えているのかいないのかよく分からない様子で天球を見ている。 「お前詳しいな」 お姉さんが喋るよりもっと詳しい事を言っている気がする。 細かすぎて分からないんだが。 「誰かさんのせいで調べちゃったからね」 『さて、ここで星座にまつわる神話をお話ししましょう。丁度天頂に見えるのが先ほどお話しした双子座です。まずはそのお話から…』 思わず雪男の顔を見てしまった。 タイミングの問題だ。 「…聞いてれば、多分面白いよ」 そう言いながらも何となく顔色が良くないように見えた。暗いから、だろうか。 『ポルックス、この明るい方のオレンジ色の星が弟の方です。お兄さんのカストルは少し暗い方の青白い星です。二人はとても仲の良い双子の兄弟でした———』 星だけだったスクリーンに紙芝居のようなイラストが現れる。 兄は人間で、弟は神様の子供。 死なない弟と、いつかは死ぬ兄。 仲の良い、双子。 「…なぁ、雪男」 兄の死を悲しんで神に頼んで、自分の不死性を半分兄に与える弟。 昼間は地上で、夜は天上で星座として生きる、双子。 「これ…」 双子だけど、人間と、神様の、 「兄さんは———僕が死んでも『神の慈悲』なんて求めたら、駄目だよ」 いつも以上に優しい顔で、雪男は死ぬより怖いことを言う。 「なに、言ってん…だよ」 「兄さんが頼れるのは、神様じゃない。だから絶対に、僕の為に余計なこと、しちゃ駄目だよ」 目を合わせてくれないのが怖い。 どんな気持ちでそんな事を言ってるのか、分からないのが怖い。 何より、状況としてありありと想像出来てしまうのが怖い。 父の死と重ね合わされて、目の前の光景であるかのように見える。 青い、蒼い、ああそうだ、あれが、地獄だ! 「馬鹿野郎…許さねぇぞんなの」 「兄さん、声が大きい」 映像はもう切り替わり、次の話に移った。 けれど、そんなことどうだっていい。 「うるせぇよ、そんな」 「静かにして、頼むから」 そう言って手で口を塞ぐ。 細長く、人を殴ったりするような、そういう事には向かない手だ。 けれど実際は銃なんか持って、しかも俺に向けたりするような、そんな手だ。 「話なら後で聞くから、」 それを払いのけて、襟を掴んで、それから——— / 「全くもう、兄さんのおかげで凄く疲れたよ」 眉間に皺を寄せての説教モードである。 「俺のせいってお前なぁ…殆ど座ってただけじゃねぇかよ」 「気疲れしたの」 それに関しては本当に悪かったと思っている。 心底。 「いやでも、あれはお前が悪い」 「反省してないの?」 目が全く笑っていない。 「いえ、反省シテマス」 「…はぁ、もう良いよ。その代わり帰ったら美味しい物作ってね」 いつも通りに戻った。 いつも通り、無理して笑う雪男に戻った。 それがどうも気に入らなくて外にまで連れ出したのに、元に戻られたんじゃ何の意味もない。 「なぁ雪男。後で話聞くって、言ったよな」 「———何のこと?」 「ご飯の後で、な。全部聞けよ。俺があのとき言いたかった事、全部聞くんだぞ」 「まぁ…ご飯を食べ終わるまで兄さんが覚えてたらね」 完全に馬鹿にしたような調子だ。 いつもなら腹を立てて喧嘩腰で返事をするところだが、ここは少し押さえるところだ、と思う。 「ああ、それで良い」 「…何か有ったの、兄さん」 予測が外れた事に驚いたのか、雪男は目を丸くした。 ざまぁみろ。 「俺はお前の兄ちゃんだぞ。泣きながら頼まれたら断れねぇだろ」 「な! 何言ってるんだ…別に、泣いてなんて」 「嘘吐け。まぁ良いさ、それも含めて、『後で』な」 「うわーその顔むかつくなぁ兄さん…」 「ふふん、兄の余裕という奴だ」 帰ったら、オムライスでも作ろう。 付け合わせはポテトサラダぐらいが良いだろうか。 コンソメスープは取ってあったのが有るからそれを温め直して…そんなもんかな。 手早く食べられれば良いんだし。 「ねぇ、兄さん」 「うん?」 「色々納得出来ないことも有るけどさ。やっぱり僕が弟で良かったのかもしれないね」 それだけ言うと、俺より先に歩いて行ってしまった。 あれは間違いない。 顔を見られたくない時に雪男がやる癖みたいな物だ。 とすれば意地でも見てやらなくてはいけない。 歩幅の違いを埋めるように早足で追いかけた。

気持ち悪いぐらいお互いのことを考えてる双子が好きです。 雪ちゃんが病んでるのは仕様ですが、燐も大概だと思う。 2011/05/29(6/17格納)