日常にはどこか、隙間がある。【幕間】
ペットにするならどんな動物が良いか、という本当に他愛もない話だった。 誰が言い出したんだったか忘れてしまった。 しえみはずっと植物の名前を挙げていたが、『動物』という話の根本を理解していなかったんだろうか。 そのことを勝呂に指摘されて慌てて考え直した結果が『猫』らしい。 「だって猫さんってなんかふわーっとしてするっとしてて可愛いよねー」 分かりそうな分からなさそうな微妙な言葉づかいだ。 「だってよ、子猫丸」 近くにいたので話に強制的に参加させる。 なんだかんだ言ってこいつは良い奴なので、振られたら逃げない。 「僕のこと違いますやろ」 「だってお前子猫なんだろ」 小さいし、丸っこいし。 「そ、そうですけどそうやのうて」 「お前あんまり子猫いじめんな。つか馴れ馴れしいねん」 ぎりぎりと音がするぐらい睨んでくる。 「なんだお前犬派かー。まぁ犬は犬で良いけどな」 「そういうことちゃうわボケ」 大まじめに突っ込んでくる。 やっぱりこいつ元は真面目なんだな。見た目がちょっとアレだけど。 「なんだノリ悪ぃなお前。…そうだ、志摩は?」 少し離れたところでぼんやりしていたので話を振ってみた。いつもならすぐに勝呂の事を止めに来るのに、珍しい。 「え? 何が…?」 心ここにあらず、だ。 「ペットにするならどんな動物が良いかって話をしてたんだ。お前は何が良い?」 大きく分けて猫派と犬派と鳥派が出てた気がするこの流れがどう動くのかと楽しみに待っていたのだが、 「いや、ペットとか無理無理。だってそんなん…俺らみたいな仕事選んでしもたら、飼い主の方がいつ死ぬやわからへんのに無責任に飼われへんわ」 一気に暗い空気になった。 下手に愛想良く言われたのが余計に堪える。 「そ、そっかぁ…そうなんだ…」 落ち込んだように言うしえみ。これはちょっとまずいかもしれない。 「ホントにやばいなって思ったら、その前に逃がしてやれば良いんじゃないのか? うまくいけば誰か優しい人に拾われるかもしれないだろ」 なんとか話を戻そうとする俺。 「奥村君はあくまで飼いたいんやね」 しかし一向に協力してくれそうにない。 もしかして志摩は今機嫌が良くないんじゃないだろうか。 「いや、なんて言うか…ペットだろうが何だろうが自分が死んだ後でもどっかで幸せになってくれる方が良いじゃねぇかよ」 「ああ…そっちに対する返事やったんや」 しかもいつになく、暗い。 「あ…あたし…無責任かなぁ…」 場の重い空気に耐えられずにしえみは半分ぐらい泣いてる気がする。 流石にそれにはまずいと思ったのか、 「ああいや、そんなつもりで言うたんとちゃうよ? なんていうか…流れ、言うか」 慌てて取り繕うようにしゃべり出した所に、最後の一人が入ってきた。 「歓談中申し訳ありませんが、あと一分程度で授業ですよ」 相変わらず神経質そうにネクタイをきちんと締めている姿を見ると、これが自分の弟かと不思議な気持ちになる。 家の中で着ているようなラフな服の方が随分と良い。 隙を見せないようにと高い壁を作られているような気がしてどうにも落ち着かない。 「あ、そや…若先生は如何です?」 空気を重くした責任を取るつもりなのか、雪男にパスを出す志摩。 それなりに協力的な態度を見ると、やっぱりさっきは特別機嫌が悪かっただけなのかもしれないと改めて思う。 「何がですか?」 首を傾げ、比較的穏やかに話を聞いてくれるみたいだ。 良かった。授業前だからばっさりやられるかと思ったがそこまで空気の読めない奴じゃなかったようだ。 「一人暮らしでペット飼うとって、でも自分は死ぬかもしれんなぁ思たらどうしはります?」 ってそっちかよ! と志摩の暴投に思わず突っ込んだが、 「ああ…殺しますよ。だって飼えなくなるんでしょう?」 あまりの答えに広い教室が一瞬でしん、となった。 「そ…そないですか」 志摩どころの騒ぎではない。 というか暴投に対してまさかの場外ホームランで返された位に厳しい。 空気を読むとか読まないとか、それ以前の問題だった。 雪男に話を振った段階で間違ってたんだ、志摩。 「無責任に外に放り出すなんて私には出来ません。だったらきちんと責任をもって殺します。だって他人の善意を当てにするなんて世の中を甘く見すぎていますよ」 その上瀕死の重傷者に駄目押しの一発を撃ち込む。 この野郎。お前それでも俺の弟か。 「おい雪男、お前そういう言い方は無いんじゃねぇか」 目が合う。合った。合った、はずなのだが。 「さて、時間ですね。授業を始めましょう」 ぞっとするような恐ろしい目で、今までそんな物は見たことが無くて——— もしかするとさっきの志摩の目を煮詰めるとこうなるんじゃないだろうかとも思うような暗さで、俺はどうしたものかさっぱり分からなくなってしまった。 「…聞いてんのか雪男」 目の前に居るのに話しかけるのを拒否された気がして、ばきっと心が折れる音すら聞こえる。 恐怖に竦みながら無理矢理言葉を続けたが、 「授業です。奥村君、座って下さい」 なんて、よそ行きの笑顔のまま、雪男は静かに言うだけだった。祓魔塾の教室できゃっきゃしている生徒を鬱にする志摩君と雪男先生が見たかっただけです。^^ 志摩君は大概病んでる子だと思ってるんですが どうやら 異端だと気付いた。 そんな馬鹿な…あんなちゃらそうな見た目の子が病んでないわけが…ごにょごにょ 2011/06/09(6/27格納)