銃を握る度に思う。
この手は何かを掴むには少し頼りない。
けれど、
守られるには、少し、大きすぎる。



【手に関して】

「先生って案外指細いんやね」 出し抜けにそんなことを言う。 分厚く重い色の革製本と比較するからそう見えるのだ。そう脳内で結論づける。 「そうでもないと思うんですけど」 さりげなく本から手を離し、相手の目の前に翳す。 「ほら、ね」 「うーん…そら女の子と比べたらしっかりした指や思いますけど、なんやすらっとした感じですねぇ」 すらっとした、細身の、ひょろっとした、軟弱な——— 「火器を扱ってる癖に軟弱だって、そう言いたいんですかね?」 思わず口が滑った。 別にわざわざこの男に言う必要なんて無かったはずだ。 自制心が足りない。 「そんなネガティヴにとらんでも」 眉をハの字にしたまま愛想の良い顔を作ろうとしてどこか失敗しているように見える。 「———済みません、少し言い過ぎました」 曲がりなりにも相手は生徒だ。自分の方が大人げないことをしている自覚が有る以上、謝っておくのが正しい。 「いや、気にせんでええよ。機嫌悪そうやなぁ思いながら話しかけたんは俺やし」 へらへらと桃色頭は笑った。 この男は本当によく分からない。 生徒としては特に問題のない(要するに優れているわけでも劣っているわけでもない)子なのだが、『プライヴェート』になると途端に正体が掴めなくなる。 「志摩君」 つい威嚇するような言い方になったのは、どこかこの男を警戒しているからに他ならない。 「うーん、ていうかやっぱり背ェ高いと指も長なるんですね。羨まし」 左手をぺたりと貼り合わせる。 そんな子供じみた動作がどうにも頭の中で噛み合わなくて、また警戒レベルを引き上げねばならなくなった。 暖かいと言うには少し足りない温度が掌を通して伝わる。 「…あなたも握るタイプの得物でしょう? 指は自然と伸びますよ」 「そんなもんかな」 「そんなものです」 腕も伸びるだろうし、多分まだ伸び盛りだろうから、背も伸びる。 ———同い年の兄はもう、伸びないんじゃないかと予測をしていたりする。 成長とは死の恐怖を克服するために身体的優位を獲得するためにひたすら藻掻く課程で得られる。 生きるのに必要な条件の不足を補うのが、成長だ。 なら、あれほどまでに完璧な自己修復能力を手にしてしまった兄には、最早追いかけてくる死の恐怖が存在しない事になってしまう。 或いは、そもそも成長というのは一歩ずつ死へと歩みを進める事に他ならない。 人間は十年経てばその分きちんと老いる。 けれど悪魔は———少なくとも人間の研究が進んでいる限りに於いて『老い』などという概念を持っていないように見える。 物質が劣化しても、虚無は劣化のしようがない。 話はとっくに終わったはずだった。早く手を離さないかと思索しつつ待っていたのだが、一向にその気配はない。 いい加減焦れて手を下ろそうとしたら、ぴたりと貼り合わせていたその角度を10度ほどずらして素早くこちらの手を握り込んだ。 「…何してるんですか?」 意味が分からなかった。 「ああいや、他意はありませんよ」 そう言いながら目が笑っていない。 このまま力を入れられたら、暫く左手で銃を握れなくなるかもしれない。 ———それはまずい。 「何をするつもりなんですか? 事と次第によっては」 「泣きそうな顔してはったから、つい」 二の句が継げなくなった。 泣きそう? 誰が。 「俺も兄貴にようしてもろたんです。それだけですよ」 指の付け根の皮膚が少し硬い手は、兄の手より少し大きく、温かった。

志摩君と先生が冷戦やってると楽しいなって。 で百%仲が悪いんじゃなくて 知らないうちに 混ざれ。 2011/06/16(8/01加筆格納)