※本誌から殺意を感じた。赤死病にかかって死ぬ。いや緑間も大概だった。ていうか洛山ry
※※勝手すぎる本編妄想も含みます。とりあえずあれだ。書かないと死ぬと思った。






「角の頭は丸い、と言うな」
 盤面を見ながらそんなことを言う。

 たまに部活の無いときでも、練習試合の調整だの何だのといった細かい話をしなくてはならないのが主将だ副将だと言う名目の雑用係の宿命である。
そして毎度の事ながら、その話をそこそこに一局指すことになる。主に、自分が持ち出すからなのだが。

「何だ急に」
 局面は未だ中盤に差し掛かったところである。
「いや、そういう格言があるんだよ」
 こちらがあれこれと考えて次の手を選んでいる時にまたこの男はそういうことを。
「……そうか」
「いや、別に邪魔しようって言うんじゃないよ。ただの独り言だから」
 ならそんな大きな声で言うな。気になる。
「君は賢いけどそれが裏目に出る気がするな」
 はっきり見てはいないがきっと向かいでにやにやしながらこちらを見ているに違いない。
オレが一生懸命読んだ三手先の更に三手先を涼しい顔で考えているのだろう。それも、片手間に。
「相手がお前だからなのだよ」
 そこは事実だった。
試しに他の———将棋のルールを知っている程度の人間とやってみたが、あっさりと勝てた。
それはもう、あっけないぐらいに簡単に。
 恐らく、赤司の言うように『半端に賢い』せいだと思うのだ。お陰で考え過ぎてドツボに嵌る。
 相手の手を考え過ぎると解らなくなる極めて簡単な例としてじゃんけんを挙げておこう。
相手の手癖から考えてグーを出すと見てこちらはパーを用意することを相手が見越してチョキを準備してくるだろうから
それに対策をするならグーだがそんな事ぐらい相手もお見通しなのできっとパーを出してくるだろうしチョキを出すのが良いか、とか。
堂々巡りの末一体何を出せば良いのか解らなくなってしまう。
「おや、それは光栄だな」
 きっとそういう堂々巡りをしていることだって解っていて、待っているのだ。
 本当ならもうとっくに持ち時間を使い果たしてしまっていることだろう。
それを善意で見逃してくれている、と考えれば有り難いことだが
『たとえどれだけ時間を与えても負けることはない』という自信からの見逃しだと思うとこんなに悔しいことはない。
「赤司」
「うん?」
「参考までに聞くが、一体何手先まで考えている」
 時間稼ぎの悪あがきだとは取られなかったらしい。赤司は真顔で首を傾げ、
「わからないな」
と呟いた。
「わからない……?」
 一体何を言っているんだこいつは。
「ああ。三手先かもしれないし、十手先かもしれないし、或いは何も考えていないのかもしれない。あまりきちんと意識していないんだよ」
———簡単な反復はしているうちに無意識にするようになるだろう? それと同じだよ。
 だ、そうだ。

 本当に解っていないようだった。
「……そうか」
 駄目だ。下手の考え休むに似たりと言う言葉を信じて最初に思いついた手を選ぶことにしよう。

 ぱちり、と黄楊で出来た駒が音を立てる。何度聞いても飽きない音だ。軽やかで涼しい。
 しかしそれも思い込みによるものかもしれない。この音がするとき、一時的にだがオレは悩み事から解放されている。
打つ瞬間は無心。シュートも、同じだ。
 あれこれ考え過ぎる自分から逃げられるその一瞬がどうしても必要なのだ。

「俗手に好手あり、とも言うけれど」
 口の端を軽く持ち上げた。
「今回はそうは行かなかったようだね」
 ぱちり、と音を立て、
「あ、」
「角取り」
香車で角を持って行った。
「……痛いな」
 この局面で角を取られたのはあまりにも大きい。
「だから言っただろう、角の頭は丸いんだよ」
 どういう意味だか解らないが、要するに角の弱みが見えていなかったオレへの警告だった訳だ。実に親切なことに。
「最初からその香車にオレが気付いていないとわかってたんだな」
「だって君は必死に銀の動かし方を考えているようだったから、きっと見ていないんだろうなと思って」
 にこにこと笑ってみせた。

 ———勝てる気がしない。

 ここでいつも戦意喪失しそうになるのだが、自分を叱咤して次の手を考える。
「角行は斜めにはどこまでも進めるけれど、一歩前には進めない。そういう意味だよ」
 訊いてもないのにきちんと説明が入る。
「そうか」
「そう。斜めの機動性に比べて自分のすぐ側への弱さが角の面白さであり難しさだ」
 またそういうことを言う。
「それで?」
「いや、君みたいだな、と思って」
 思わず顔を上げた。
「どういう意味だ」
「そのままだよ。確かに3Pのレンジは広いしコンパスのおかげで移動も迅速だ。けど、手元が弱い。君の試合での姿そのものだろう?」
 随分と痛いところを突かれた。
「それは………解っているのだよ」
 解っているが。
 シュートは一人で練習できる。が、手元のボールさばきは中々一人で出来るものではない。
「もう少しきちんと人付き合いを考えた方が良いかもな。せめて部活内では」
 にこにこと笑ってはいるが、心底耳の痛いことばかり言う。
「それも、解っている」
「解れば宜しい、と言いたい所だけど、解っていて何もしないのは解ってないのと同じだよ、緑間」
 なんだ、今日は説教したい気分なのか。
「いや、何となく。拾い物の角行を見ていたら愛おしくなってきてね」
 何を言うんだ、お前は。
 きっと深い意味なんて無いのに、完全に頭に血が上る。思わず眉間を押さえて溜息を吐いた。落ち着け。今は盤面に集中しろ。
「で、オレはいつまで待てば次の手を打てるのかな」
 持ち駒になった角行と戯れる様子にじりじりとしながら、また下手の考えを繰り広げるのだった。



【斜行駿馬】



「いつまでもただの角行ではないのだよ」
 狭い空間でボールを奪い合う。
身長差がある分特に難しい相手ではないはずだが、中学時代の3on3では幾度もボールを取られてきた。
 が、昔の話だ。過去を懐かしむのはいつでも出来る。

 こいつに勝った後に、存分に懐かしんでやればいい。

「それで?」
 (ぱちり、と音を立てて駒を裏返す。成り上がる。)
「竜馬。いつまでも手元の見えないままだと思ったか」
 向かいの男の真上を抜くようにボールを投げた。

「ナイスパス、真ちゃん!」
 きちんと走り込んで来た高尾にボールが回り、そのまま味方にパスが通り、先輩のシュートが決まった。
スリーポイントよりは一点少ないが、取れないよりは余程良い。
 バスケは一人でやるものではない。チームで点を取る競技だ。
「……少しは反省したようだね、真太郎」
 が、大した感慨もないのかぱちぱちと瞬きをするだけだった。
「当たり前だ。直せといったのはお前だろうが」
 やはりこいつに解らせるためには勝つしかないらしい。
 が、その位最初から想定済みだ。こいつが何手先を読んでいようが知ったことか。
何一つ読めなくても最善を尽くし続ければきっと負けない。
「そうだったかな」
 しれっとした顔だ。
「———それに、お前が負かせと言ったんだ。きちんと負かしてやる」
 今まで一度たりとも勝てなかったが、それがどうした。
 百敗、千敗の先に一勝が無いと誰が決めた。

 ばちりと視線が交錯する。

「……そう、期待してるよ」

 すれ違いざまに微かに笑ったその顔は、見慣れた、昔のままの顔だった。




















「僕は君に負けてみたかったよ、真太郎———」とか言われたら赤死する自信がある
2012/07/30(09/16格納)