※ifの世界についてぼんやり考えた結果がこれだよ。断片ばっかり。笑
※※真ちゃんの一人称はオレなんですがパラレルなので俺表記で許してちゃん。
※※※色々前提とかごちゃってますが まぁそこら辺はするっと無視して雰囲気で読んで下さい。









「心配し過ぎなんじゃないの」

 浮かない顔をしている理由を白状しろと言われたからきちんと説明してやったというのになんだこの反応は。
これは流石に怒っても良いと思うのだが。
「……お前に話した俺が馬鹿だったのだよ」
「いやいや、そういう言い方しないの真ちゃん」
 それなら先にお前の態度の方を謝れというのだ。
 そう思いながら返事をするのも馬鹿馬鹿しいので無言を以て抗議とする。

 確かに、わざわざ正直にすべき話だったかと言われれば難しい所だ。
適当に体調が悪いから、とでも言っておけば良かったのかもしれない。しくじった。
「ていうかさ、その……えっと……赤司さんだっけ? ちゃんと仕事はできるんだろ」
 できるもなにも。
「今日も対局がある」
 それも王位戦だ。二日制の勝負なので今あれはどこぞの旅館に居るわけである。
「ばりばり現役じゃん。平気じゃん」
 そう言われてしまうと確かにそうなのだ。
今のところ千日手などは数回出しているがプロ棋士としては申し分無いぐらいに勝ち星しか無い。
試合回数を制限しているというのもあるが、それにしたって、週刊誌から何からが注目の棋士として特集を組みたがるような勝ちに対する偏重である。
「いやしかしな」
 どう考えたって無理がある。というか、きっと無理をしている。
 あいつはそれを言わない質なので言質をとった訳では無いが、でも見れば判る。

「緑間先生は仕事では優秀なのに、私情が絡むと本当に目が曇る奴だな」
 冷水を浴びせられたような。
「なんだと」
 思わず睨み付けてしまったが妥当な反応だと思う。
「だってそうだろ。本人が平気だって言ってるなら平気なんだよ」
「平気な物か」
 すると、高尾はやれやれ、といった様子で溜息を吐いた。
「あのさ。真ちゃんの仕事を全面的に否定するようで悪いけど、本人が病気だから治して下さいって言って初めて病気なんじゃないの。
或いは他人に甚大な被害を与えるとか、仕事が出来ないぐらい深刻な状態とか。そうでなければ気のせいだって」
「高尾」
「ちょっと落ち着け緑間」
 ぎろり、と逆に睨み返される。
「医師としての診断なの。それとも友人としての過剰な心配なの。そこがきちんと区別出来ないんならドクター失格じゃね?」
 何も言い返せない。

「ま、そうは言っても。お前が友達の心配一つしないような機械じみた奴じゃなくて良かった、とも思ってるんだけどさ」
 ずるずると音を立てて蕎麦を啜る。
「つーか真ちゃんいい加減それ食っちまえよ」

 一口分だけざるに残った蕎麦を指して、目の前の男は苦笑いした。



【フラジール・レッド】



 久々に会った男は、眼光が前の数倍鋭くなっていて驚いた。
とは言え、学生時代から不敵な顔をする男だったからそうそう変わっていなかったかもしれない。
単にぱっと見の印象の問題だ。
「僕はタイトルなんてそう沢山要らないと思ってるんだけどね。真剣に指せる対局が月に何度かあればそれで満足なんだけれど、そうも言ってられないらしい」

 赤司征十郎は棋士だった。プロ棋士。兼業は一切していない。
 昔で言う所の高踏遊民か、と言うと本人には苦い顔をされる。
『別に稼ぎがない訳じゃないよ。きちんと賞金の出る対局もあるんだから』
 とのことだ。が、坊ちゃん育ちの彼がはたしてその稼ぎだけで食べていけているのかは疑問である。
何せ湯豆腐が食べたくなった、と急に京都に出立するような男なのだ。金は幾らあっても使い途に困らない。

「こないだのタイトルはえっと、」
「王将戦のことかな?」
 と言われてもいくつもあるタイトルを全部覚えられるほど海馬に余力はない。
「多分それだ。それもやりたくないの何のとぼやいてたな」
 電話越しに『連戦はしたくないんだけど、期間が短いから』と溜息交じりに言われても俺にはどうしてやることもできない。
単なる愚痴のつもりだったんだろうが、そういうのはなんというか、ちょっと困る。
何も出来ない自分に苛々する様子を客観的に観測して『何をやってるんだ俺は』と更に自己嫌悪するまでがワンセットなのだ。
「別に指すこと自体が嫌な訳じゃないが、あまり回数が増えると疲れてしまって」
 そう言って視線を落とす。
剛胆だ不敵だ傲岸だと書き立てられることが多いが、実際の所居直り一つ出来ていないように見えて仕方がない。
「本当に大丈夫なのかそれで」
 この訊き方では駄目だと判っているが、では他にどう訊いてやれば良い物か。未だ考えあぐねている。
「ちゃんと回数は計算してるし、あまり嵩みそうだったら辞退もしてるから心配ないよ」
 決して病弱などではないが、神経を酷使する為に身体より先に頭が参ってしまう。
 そういう意味では、酷く繊細な男だ———と、俺には見えている。もう何年も前から。


 この男が棋士になったのはちょっとした故有ってのことだったらしい。
 何やら兄弟と些細なもめ事を起こし、その結果アマチュア棋戦に出る事になった
———というところから外野の人間には何が何やらという話なのだが、問題はそこから先で、
全く無名だった十八歳があれよあれよという間に勝ち抜き、結局その大会で優勝してしまったのが発火点である。
 どう考えても奇天烈過ぎるが、まぁ赤司ならやりかねないか、と思ってしまったあたり大分自分も毒されている。
因みに最初にその報を持ってきた黄瀬は『担がれてるのかと思ったっスよ』だとか言っていたので、やっぱりそこは驚かなくてはならない所だったのだろう。
受験勉強に疲れて頭が働いてなかったのだ、と言い訳しておく。話が逸れた。
 そのぽっと出のはずの赤司に何故かたまたま棋士の知り合いが居たのもまた奇縁という奴だったのかも知れない。
推薦状を書いて貰って受けた三段編入試験に見事合格し、順当に四段に昇段
———つまり棋士デビューを果たしてしまったという訳なのだ。急展開にも程がある。
 週刊誌にはシンデレラストーリーだとか相当な熱意で取り上げられたが本人は
『人生何が起こるか解らないね』などとピントのずれた事を言うばかりであった。

「ところで君こそそんな仕事で大丈夫なのか?」
 意趣返し、とばかりに言葉を選んできたようだ。
「そんな仕事とは何だ」
 実際自分でも「こんな仕事にするんじゃなかった」とぼやくこともあるが、それは棚上げだ。
「いや、内科は内科でもてっきり普通に内臓を扱う方の内科に行く物だと思っていたから」

 心療内科医。解りやすく言うと精神科医である。
 最初にその進路を説明したときには親にも友人にも怪訝な顔をされた。
『ていうか真ちゃん人間に興味あったんだね』
などと失礼な言い方をされたので一発殴っておいたのは言うまでもない。
 しかし人間に興味があるかどうか、と言われると少し難しい所だ。
 別に人間に興味があるから今の仕事をしているのではない。ただ単に、鉛筆を転がして決めた結果なのだ。
理由を訊かれても困る。

「怖い人に好かれてたらどうしようかなって、偶に心配になるよ」
 彼は茶化して言ったが、その言葉のどこに反応すれば良いのか心底困った。
 怖い人の方に突っ込めばいいのか。
確かに『重症』の患者に当たることも無い訳ではないが———というか、つい最近担当した女性には相当手こずらされたが、
そういう話をしているんだろうか。
「ただ、患者である以上治療対象だからな。怖いだとかそんな文句は言ってられない」
「そうでなくても女嫌いなのにね」
 細かい話は何も言っていないのだが、どういう訳か色々見抜かれているらしい。
「……女嫌い、という訳じゃない」
 厳密に言えば女嫌いではなく彼女らに一切の興味を持てないだけだ。
 どこかの誰かが妙な事をしてくれたお陰で。
「何れにせよ勿体ないよね。きっと引く手数多だろうに」
「………知ったことか」
 思わずやさぐれたような口調になったが、そこは見逃して欲しい。

「ごめんごめん。それで、何の話だったっけ?」

//

『勝ったよ』
 電話口の声はその割に随分と沈んでいる。
「勝ったのに何か不満でもあるのか」
『…………いや、無いよ。ごめん、忙しそうだしもう切るよ』
「別に忙しくはないが……そうだ、今どこに居るんだ?」
 思いついたので訊いてみることにした。
『え? 旅館に……』
「違う。地域だ。明日休みだから久しぶりに食事でもどうかと思ってな」
 すると、なんだか不思議な間が開いて、
『……箱根、だけど』
 という返事があった。何で一瞬考えたんだ。自分の居る場所ぐらい判っているだろうが。
「わかった。じゃあ明日そっちに行くから、適当に携帯を確認しててくれ」
『え、いや、あの』
 返事を聞かずに切った。
 我ながら随分強引だったなぁと思いつつ、そうしないとまずいような気がしたのだ。根拠はない。
強いて言うなら勘である。

//

「赤司……?」
 鋏を逆手に握ってゆらりと立っている。先端には濁ったような変色。
 左手からはぼたぼたと真紅の血が滴る。
(自傷……なのか、あれは)
 心配している反対側で冷静に観察している自分も居る。
「———どうした。何があった」
 取り敢えず刺激しないように。それだけを考えながら距離を詰める。
「……赤司」

「ねぇ、真太郎」
 突然の事に一瞬頭が真っ白になった。
 今何と言った。
「どうして、僕を楽にしてくれなかったの」

 逆手にした鋏の刃をしゃきりと開いた。
 蛍光灯が明滅する。廊下の暗がりの中で不安定にぱちぱちと音を立てている。

「あの時も、あの時も、あの時も、あの時も、」

 ぱたり、ぱたり。
 廊下に血溜まりが出来る。思った以上に深手だったらしい。早めに処置しないとまずそうだ。

「結局、僕は勝ちを積み上げるだけだった」
「…………赤司、怪我の処置だけでもさせてくれ」
 マニュアルがあったはずだ。きちんとマニュアル通りに対処すれば何とかなる。そう思っているのに何一つ思い出せない。
何の為の知識だ。必要なときに引き出せないようなものになど紙切れほどの価値もない。
「———僕は疲れたよ、真太郎」
 そう言って血に塗れた刃先を首に押し当てた。
「疲れたんだ」

 急ににこりと笑った。

「おい、やめろ赤司、良いから動くな。指先一つ動かすな!」
「言う事を聞かせたいなら、」


 先ずは勝ってから、だったろう?







っていうif時空パラレルの話はもう誰か考えてると思うので読めるのを愉しみにしております
2012/08/5(10/11格納)