習慣というのは恐ろしいものだ。
 自分の中にきちんと根付いてしまったものを今更消し去ることは難しい。

「あ、緑間っち今日二位だ」

 何気なく朝点けっぱなしのテレビを見ながら呟いて、たっぷり三十秒ほど開いてから『いや、おかしくないか』と気付くのである。
 別に中学時代部活が同じだっただけの相手なのだ。そんな人間の運勢など気にしてどうする。
「けどこればっかりは癖だからなぁ……」
 直したくても今更直せないのだよ。



【どういう訳だか気になるあの子】



 部活内で仲の良かった相手を挙げろ、と言われたらきっと入らない。というか、寧ろどちらかと言えば苦手寄りの相手であったことは確かだ。
 所謂不思議ちゃん、なんて言うと失礼かもしれないが『真人間』だとカウントすることに抵抗を感じる程度には変わり者だった気がする。
 自分がそこそこ人付き合いに気を遣う方だから余計そう思うのかもしれない。あんなに堂々と集団から浮かれると『は、ははぁ……すごい人だな』としか言えなくなる。
そういう戦略なのだよ、とか言われても納得する。そのぐらい、潔い浮きっぷり。
 部活内であの浮き方だったのだ。クラスではどれほど不思議ちゃんだったのか、と。それもこれも知らぬが仏だろう。

 が、二年からバスケを始めたせいで中々部活内で喋れる人が出来なかった俺になんとなく話しかけてくれたのもまた緑間真太郎その人なのだ。
や、話かけてはくれる。悪い人じゃないのは解る。が、すさまじく絡みにくい。
 確か一番最初に話しかけられたときもすごく困った覚えがある。



「雑誌?」
 鞄から飛び出した派手な表紙の雑誌を見て首を傾げた。
「あ、ああ、これっすか。冬物の写真何枚か撮ったんで載ってる奴くれたんっすよー」
 モデルやってます、なんて言うと女の子は黄色い声を上げ、男には盛大に眼をつけられる。ガン飛ばし、という奴だ。
そういう意味では目の前の変人もまた男なので「良い顔」をされそうにないという予測も出来る。はっきり言うとしくじった。なんで簡単に口を滑らせたのか自分でもわからない。
「黄瀬は雑誌に載るような何かなのか」
「何かっていうか、まぁ、モデル……」
 何かって他に何があるんだろう。特集記事組まれちゃうような人間って訳でもないしなぁ。ちょっと顔が良いだけのどこにでも居る中学生だし。
「ふぅん。そうか」

 正直に言うと、今までこんなにもあっさりとした反応は一度も無かった。
きゃいきゃい騒ぐにせよ殺意を向けられるにせよ、何かしら『リアクションだ』とわかるようなものがあったのだ。それなのにこの不思議ちゃんときたら。

「……あんまりびっくりしない方なんすね」
 世の中の大概の出来事はそうあるからそうあるのだ、ぐらいにしか思っていないというか、要するに万事どうでも良いというか。
「いや、それだけ顔が良いならまぁあり得るかと思っただけだ」
 ………あ、そう。
「……あんまり男から顔のこと褒められた事が無いしちょっと新鮮っすね」
 ただ男だとか女だとか以前に人間なのかどうかを疑った方が良さそうな相手なのでこれはノーカンかもしれないな、とぼんやり思ったりもする。
「まぁ努力した結果、というのでもないからな。単に授かり物なのだから褒めるのも変な話か」
 つくづく、返事のしにくい言い方を。
「緑間っちだってその背丈だし顔も悪く無いんだし、モデルとか出来そうっすけどね」
 そして言うことに困ったにせよ、もっと他になかったのか黄瀬涼太。
 返しにくい言葉に更に返しにくい言葉を返してさぁどこでこのアンバランスジェンガが崩れるか、という一人遊びを楽しんでいるような気がしてきた。
どこかでぶった切ってくれないかな。出来れば緑間っちが。
「……自分の顔のことはわからん」
 駄目だ、きちんと返してきた。ああもう、これにどう返せば失礼でなくかつスムーズに話が進むんだ。なんかすごい勢いで俺の対人スキルが試されてる気がする。
「だってほら、眼鏡のフレームがしっかりしてるからそっちの印象がきついけど、外してる時とか結構、」

 勢いで眼鏡を外す。
 やたらと下睫毛が気になるが、トータルで見てもマスカラでごてごてに盛った女の子と同じかそれ以上にばさばさとしている。
これはちょっと頑張ってる女の子に謝った方が良いレベル。

「……結構?」

 特に難点らしい難点のない。整った顔、だと思う。一緒に仕事をしている他の連中と並べてもきっと遜色ない。
ただちょっと背が高すぎるから服を合わせるのが面倒くさそうな———

「済みません、お邪魔しました」
 唐突に背後から声がして思わず飛び上がった。
「え、え!?」
「なんだ黒子か」
 振り向くと言葉通りの人である。
「ぜ、全然気付かなかったっす……」
 お陰で驚き過ぎて心臓が口から飛び出すかと思った。
「や、なんかお取り込み中だったみたいなので。思わず謝ってしまいました」
「お取り込み中って、そんな」

 そこまで言って、さっきまでの状態を客観的に見直す余裕が出来た。出来てしまった。
 あれだ。偶に仕事で「ソッチの気がある」人なんかがあたるとよくあるあれだ。自然に、かつ過剰なボディタッチとセクハラすれすれの発言。

「……何やってんだろう、俺」
「どういう意味なのだよ」
「さぁ、黄瀬君に聞いて下さい」
 では僕はこれで。
 なんて薄情な黒子っちはその場からあっさりと立ち去った。残された俺(勿論緑間っちも居たわけだが)のいたたまれなさをちょっと想像してみて欲しい。



「あーうん。嫌なこと思い出したなぁ」
 相変わらず点けっぱなしのテレビからは七夕の様子が流れていた。七月七日。笹に願い事を書いた短冊を吊す日だ。
小学生の頃とかやたら書かされた覚えがある。将来の夢、とか。お金下さい、とか。
「……あれ、なんか忘れてる気がする」
 何かを思い出したと思ったら何かを忘れるように人間は出来ているらしい。面倒な機能。

 トーストを食べ終えて食後のカフェオレに移ったのだがまだ思い出せない。もうそろそろテレビを消して家を出ないといけないんだが、何だっけ。
———うわぁ、気持ち悪い。全然思い出せない。
 鞄を持って靴を履こうとして思わず右側から履いてしまう。『その方が験が良いのだよ』とか言われてしまったら気にしてなかったはずなのについ、
「あ!!」
 そうだ、そうだった。
「緑間っち今日誕生日じゃないっすか。やべ、メールしとこ」
 要求された訳ではないけれど、何となく。思い出したからにはしておかなくては気持ちが悪い。


 別に特別仲良しとか、そういうんじゃなかったけど。
 どういうわけか、忘れられないんだよな。






趣味の人選その二。この二人に関しては珍しく完全に百合なので表記は黄緑黄
2012/07/07(08/07格納)