人を見る目はある方だと思う———などと言うとまるで俺がいい人ばかりと付き合えているかのような誤解を与えるだろう。 他に何か良い言い方は無いかと暫く考えた結果が、『高尾和成は人を見透かす目を持っている』である。 透かす。透視する。まるでレントゲンみたいに、透ける。 けれど『見抜く』とはまた厳密には違って、簡単に言えば『誰かの足元を見る』のに特化している。 「別にわざとじゃないけどね」 悪気はない。しかし、見えてしまうものを利用しないで居られるほどのお人よしでもない。 だから、俺は人に嫌われてようが好かれてようがいつだって出し抜くことが出来るし、大物の寝首を掻くのは自分の人生に於ける隠れたテーマでもある。 誰にだって向こう脛がある以上、それを捜し当てるのは難しいことではない。 我ながら良い性格をしているとは思うが、こうでなくてはバスケのようなスポーツは出来ないだろう、と思っている。 少なくとも特別体格に恵まれたわけでもない自分が続けられたのは、全てが見える目と、瞬間的に相手の『嫌なところ』を刺せるだけの判断力のおかげだ。 勝ち気で何が悪い。 相手を出し抜いて何が悪い。 それが持たざるものに許された最大限の武装なんだ。ごちゃごちゃ言うのはナンセンスだろ。 そう思ってきたし、今でもそう思っている。 が、世の中にはわけの解らない奴というのが居るもので、その圧倒的な存在感にただただ地に額をつけることもあるのだ。 緑間真太郎、と名乗った男を俺はよく知っていた。寧ろ先輩だろうが後輩だろうが自分と同世代でバスケをやっている人間は耳にタコが出来るほど聞いた名前の中の一つである。 知らない奴はもぐりだ。お前ほんとはバスケ部じゃなくて帰宅部だったろう、という程度にはもぐり認定していい。 その馬鹿げた能力についても勿論聞き及んでいる。 『ハーフコートのどこからでも3Pが打てる』 らしい。 全くもって冗談みたいな奴だ。いや、頼むから冗談であってくれ。伝説として箔を付ける為の誇張だったのだ、と否定してくれよ、まじで。 そう思って一回目の全体練習の時に『どっからでもスリー打てるんだって?じゃあこっから打っても入んの?』とハーフラインぎりぎりを示した。 顔色の変化を見るために全力で注視する。 が、しかし。 『そんな簡単な所からで良いのか?』 と首を傾げられてしまった。 白状しよう。これまでの人生で三本の指に入る屈辱だった。 簡単だと?こんなところからのシュートが簡単だと?馬鹿にしやがって。 挑発したつもりが完全にこちらのスイッチを入れられた。 『そっか、流石に簡単過ぎたかー。だったら五本打って三本入ったらお前の勝ちで良いよ。半々ならイーブンだろ? お前が勝ったらなんでも言うこと聞いてやるぜ』 負けたら勿論お前が言うこと聞くんだ。なんでもだぞ。その高い鼻っ柱をへし折ってやる。全中三連覇だかなんだか知らないが、高校でも同じように振る舞えると思うなよ。 先輩達も一体俺達が何をやっているのかと見に来た。どうにも、俺は遠くの先輩に気付かれるほど大きな声を出していたらしい。無意識だった。 『………賭けにならないのだよ』 はははざまぁみろ。そりゃいくらシュートがうまかろうが五本中三本もまぐれが出る訳が、 『悪いが、一本も外れん』 横に居た先輩が口笛を吹いた。 『そいつぁすげぇな。流石キセキの世代様は言うことが違う』 完璧に茶化すような調子だ。 だが、俺はと言えば今更後悔し始めたわけだ。勢いで賭けをしたが、あの目は嘘をついていない。というより、あれは嘘をうまくつくような人間ではない。 背筋が冷える。 じゃあなんだ。あいつは正気であんな意味の解らないことを言っているのか。何を根拠に。 『別に、十本でも二十本でも同じことだ。俺は打てると言ったシュートは外さない』 かちゃり、と音を立てて眼鏡を押し上げた。 『や、五本で良いよ、そういう勝負だし』 一度ベットした賭けからこんなにも降りたいと思ったのはいつ以来だ。 あれは本物だ、と二つの目が未来を見透している。 黙ってボールを構えた横顔から、すらりと伸びた手足の造作まで、全てが狂気じみている。 身体が一瞬沈んだと思うと、かなりの高度をもって飛んだボールがぱす、と音を立ててゴールリングを潜った。 てんてん、と地面で撥ねるボールを見ながら、何の感慨もなさそうに男は息を吐いた。 その後も呆然とする俺達を置き去りに、トータル五本、全てを美しいフォームで決めた緑間真太郎は、 『勝ったのだが、特にしてほしいこともないのだよ』 などと呟いてその場を立ち去った。 余りにもはっきりとした敗北である。 悔しいとも思えないぐらいの、完敗だった。負けてその上情けをかけられたようなものなのに。 『やばいな………はまりそう』 思わず唇を舐めたあの時の感覚は未だ褪めない。 それが三月の話。 この四月にはれて秀徳の学生となった俺………と緑間某は運よくなのか悪くなのか見事同じクラスになった。 他にもスポーツ推薦の奴が多いクラスだったのでさして不思議なことでもない。 ただ、不思議でなくともむずむずはする。 何せ貸し一のまま生殺しなのだ。いつあいつの気が変わって屈辱的な命令をされるかわからない。 いや、されたらされたで構わないのだ。 あの男にはそれだけの何かがある。人を強烈に惹きつける、暴力じみた魅力。但し、コートの中だけの。 それ以外でのあの男はかなりオブラートに包んで言っても変人だ。一学年どころか、学校に一人いるか居ないかレベルの変な奴である。 尊敬するとかそういうんじゃなくて、ただ、変な奴なのである。バスケを取り上げたら一体どこで釣り合いを取ればいいのかわからなくなってしまうぐらいの。 当然の事ながらバスケしているあれの姿を見たことが無い同級生にとってはただのわけのわからない男なので、あいつが歩くと人の海が割れる。モーゼか。 「高尾君ってさー、緑間君と仲良いの?」 授業に粗方慣れてきた頃だ。昼休みに、クラスで三番目に可愛い子に聞かれた。 当のモーゼ改め緑間某は既に体育館に消えた後である。あの男は暇さえあればシュート練習に勤しんでいるのだからきっと本物の変態に違いない。 「え、そう見える?」 「だって同じ部活なんでしょ。それに、あたし緑間君が高尾君以外と喋ってるとこ見ないけどなぁ」 そう言われてはじめてそのことに気付いたなんて不覚である。観察力にはそこそこ自信があったのに、鈍ったものだ。 「あれ、そうだっけ?」 そう言いながら俺は眈眈と緑間某のバスケに於ける弱点を透かしはじめる。 極端な言葉遣い。コミュニケーションスキルの低さ。孤立。 ああやっと見つけた。3Pのモンスターはやはりモンスターに過ぎなかったのだ。人に愛される術をあの男は多分知らない。 あの時気が付かなかったのはただシュートを打つだけだったからなのだ。チームプレーになれば途端にあれはぼろが出る。 なんだ、キセキの世代だとか何とか言ってるけど所詮ただの技術屋さんじゃあないか。 思わず吹き出したので何事かと女の子に心配されたが、今はそれどころじゃない。 あの凄まじく器用で、信じがたいほど不器用な男と話をしないと。今すぐに。 まるで初デートにでも行くような足取りで、或はうさぎ狩りにでも赴くような心地で階段を駆け降り、体育館に向かう。 扉をこじ開けると正にロングレンジのシュートを打とうとしている所だった。 「緑間アアア!」 大声で呼ぶとびくりと肩を揺らす。 が、フォーム自体に狂いは出ず、鮮やかにシュートは決まった。 「なんなのだよ………」 やれやれ、といった様子で、それでもこちらに足が向く。 「や、お前に用事なのだよ」 上履きのまま入ると怒られるのだが慌てていてシューズを持ってくるのを忘れたのだ。今日ぐらい見逃してほしい。 「真似をするな」 むすっとした顔も可愛いなお前。とか、言いたい気分。すげえハイなんだって。わかる? こういうの。 「ていうかそう、こないだの命令権だけどさ」 ずかずかと近寄ると流石に勢いに退いたのか緑間は二三歩後ずさった。 「だから、お前にしてほしいことなど無いと、」 「いやいやあるでしょ緑間君」 明らかにドン引きしているところは普通っぽくて良いねぇ。その顔もっと見せて。 「何?………全く見当が付かないんだが…」 そうやってゲテモノを見るような目で俺を見ている緑間の手を取って、 「親友になってくれって、頼まなくて良いのかよ」 と言ってやった。 「はぁ!?………いや、何を言ってるんだお前は」 「お前じゃなくて高尾だって。親友の名前ぐらい覚えろよー」 逃げようとする手を握りしめる逃がすか。どうやら指を極めて大事にしているらしい緑間にはこれが効くのだ。案の定逃げたそうだが逃げられない。 「親友だとかそういうのは結構なのだよ……」 まぁそうでしょうなぁ。スタンドプレーの3Pシューターじゃあなぁ。 「なら相棒は?それなら必要っしょ?」 ほんの少しだけ動揺したのは見逃さない。そうだよなー、パス回してくれる人はほしいよな? なあ緑間君、そろそろ俺が欲しくなった? 「………それも、別に良い」 嘘ばっかり。 シュートの為には———バスケの為には俺と組むのが良いってのはこれまでの練習で薄々解ってる癖に。 「あー、じゃーもうあれだ。下僕は?下僕は必要じゃね?」 ちらっとこちらを盗み見る。 遂に強情な緑間が本格的に迷いはじめた。出血大サービスだが構うものか。押し売りは買わせれば勝ちなのである。 「………下僕………」 困ったように瞬きする。そういえばこいつ凄まじい下睫毛だな。どうでもいいけど。 「そう、下僕」 しかし、我ながらすごい響きの言葉を選んでしまったものだ。 他校の生徒に『あれとはどういう関係だ?』と聞かれた緑間某が真顔で『………あれは下僕なのだよ』とか答えた暁には、俺の色々が危ぶまれる気がする。 「なんでも言ってくれればやるぜ。俺に出来ることなら」 それと。ここまで言って落とせなかった場合の俺の資産価値について考えながら待っていたら、 「これもまた運命か………」 と小声で呟くのが聞こえた。 「運命………?」 「占い、なのだよ」 目を逸らしながらそんなことを言う。 「へぇ?で、占いではなんて?」 「『しつこい相手には二回断ってみて。それでも食い下がって来たら運命の相手かも。覚悟を決めて受け入れて』だそうだ」 吹いた。 なんだそれは。 「へー、じゃあ俺緑間の運命の相手なの」 自分でやったことだが、そんな風に言われると何だか痒い。 「しかも下僕だな」 どうやら思いの外その響きがお気に召したらしい。 「げ、しまった。せめて恋人にしとけばよかったな」 茶化して言うと、 「やめろ、お前みたいな性格の悪い奴は願い下げだ」 興味深い台詞だ。性格だけの問題? じゃあ他は及第点か。 「えー、そんなつれないこと言うなよ真ちゃーん」 「うっ気持ち悪いからやめろそれは」 因みにここまでずっと手を握ったままである。 「良いじゃん、なんせ運命なんだろ、運命」 困ったようにまた何度か瞬きをしてみせる。 「けれど俺は、お前のような奴が得意でないのだよ」 あーあー。なんでそんな顔でそんなこと言うかな。 ———もっと虐めたくなんだろうが。 「大丈夫だって。……ゆっくり慣らしてやるから。な?」 遠慮、の一言を聞いたのと同時に予鈴が鳴る。 「あら、教室戻らねぇと駄目だな。なぁ真ちゃん、帰ろうぜ」 そのまま手を引くと嫌々だろうがしぶしぶだろうが振り払わずに大人しく着いてきた。根はいい子、って奴? や、知らないけども。 そんなこんなですっかり下僕としての居住まいが定着している俺である。 我ながら流石に下僕はあれだとはわかっているので、人前では相棒と呼ばせて戴いている。が、嘘のつけない真ちゃんはちょいちょい本当のことを言ってくれるから困る。 まぁそれも『ちょっと不思議な子なんだな』で流されてくれたのはありがたい限りだ。よかった。真ちゃんが不思議ちゃんでよかった。 不思議ちゃんと言えば、毎日持ってくる怪しい物品の数々が本日のラッキーアイテムだと知ったのも割と最近の話だ。 ラッキーアイテムって。 女子か。 しかしそのおかげできちんと下僕職を得られた俺なので馬鹿には出来ない。ありがとうおは朝。 おかげで朝の占いコーナーを見る癖が付いてしまって家の女共にやれ彼女の一人も出来たかと囃される弊害が発生している。 彼女は出来てない。相棒(自称)は出来た。実情は俺が下僕になっただけなんだけども。 「おはよう真ちゃん。今日のラッキーアイテムはどう考えても学食に無いんだけどどうすんの」 自転車をリヤカーでひく、という訳の分からない乗り物で迎えに行くと、不機嫌そうな顔で押し黙った。 ビーフストロガノフ。そんなものがある学食はいやだ。 「……夕飯に、なったのだよ」 「ああそう」 しかしラッキーをその日の夜に招いてどうするんだろう、とは思うがそこは気にしないことにしよう。験を担ぐ奴はそうすれば良いのだ。 ただどうでも良いと思ってる人間にとってはそんな些細な違いを気にして生きるその繊細さが不思議に感じる。 ていうかそもそもうさぎのぬいぐるみとか言われてどうやって朝一から準備出来るんだろう。 もしかしてこいつの親も凄まじい占いマニアなんだろうか。家の中にはそういうラッキーアイテム部屋みたいなのがあって、各自そこから持ち出す、的な。 「なんだそれ、やばいな」 思わず口に出た。 「何か言ったか」 「いや、別に」 どうだって良いけど。 確かに運命の相手だーとかなんとかおは朝が言ってくれたおかげでバスケ部内でも安定の浮きぶりを発揮する真ちゃんを何とかチームの一部として動かすことが出来るわけで、 そういう意味に於いては未だにあのコーナーには頭が上がらない。 けれど占いにごちゃごちゃ言われなくたっていつかは口説き落とせただろう、という自信もあるので何だか難しい所だ。 はっきり言ってあれだけ人付き合いが下手なのだ。 流石に三秒で、とは言わないが一週間掛ければ確実に落とせたし、そうしたら下僕じゃなくて普通に親友職を得ていたかもしれないわけで。 「まぁそうならなかったことをぶつくさ言ってもしゃーねぇわな」 【どうでもいい日々】 「今日は随分と喋るな」 後ろで平然と読書に勤しんでいるらしい(こんな安定感のないところでよくそれだけ落ち着けるものだとある種の尊敬に値するのだが)何様俺様エース様である。 「そういう気分なんだよ、今日は」 「十一位なのにか?」 「順位関係ねーよ」 下僕めはエース様が居れば今日も明日も変わらず幸せですってか? うわー、俺気持ち悪い。
別名高尾さんが喋ってるだけ。ちょっと屑スメルのする高尾さんがDAISUKE
2012/07/13(08/07格納) |