「メアドっすよ、メアド」 少々興奮気味に黄瀬が言った。 「あー? あー……なんかめんどくさそうだな」 ぼりぼりと頭を掻く青峰。 「なんすかそれ。酷くないっすか。確かに俺新参者って奴っすけど、スタメンの中でメアド教えて貰ってないの俺だけじゃないっすか」 格差社会だー、いじめだー、などと大袈裟に騒ぐのも最早見慣れた光景である。 だが、確かにメールアドレスを知らないのでは部活の連絡などに支障が出るかもしれない。 いや、でもその場合赤司が全員分のアドレスを知っているのだからそれで事足りるのか。 難しい所だな。 「ちょっと緑間っちからも何とか言って下さいよー」 外野を決め込んでいたのにいきなり話に巻き込まれた。そういうのは遠慮させて欲しいのだが。 「何か。具体的にどんな」 「ちょ、それは緑間っちが考えてくれないと……」 「つーかもうめんどくせぇし、緑間から教えてもらえよ俺のアドレス」 「なんすかそれ。俺喜べばいいのか悲しめばいいのかよくわかんないことになってるんっすけど」 いや、寧ろ何を勝手に人を巻き込んでくれてるんだ青峰。そのぐらい自分でやれ、自分で。 「う、そう言われると二人から邪険にされてるみたいで余計凹むっていうか」 みたい、じゃなくて実際青峰からは邪険にされてるけどな。 「緑間っち遠慮ないっすね」 「安心しろ、こいつは誰にでもこうだ」 こう、とはどういう状態を指しているんだ。中身によっては真剣に抗議せざるを得ないぞ。 「それ安心していいんっすかね。なんかすごく駄目な方に安心してる気がするっていうか、下には下が居るから平気だって感じの言い訳っていうか」 「まぁ細けぇことは良いって。じゃあ任せたからな」 正に言い逃げ、と言った様子で立ち去った。この自由人めが。これだから青峰は。 「………困っちゃいましたねー……」 なんてへらへらしている黄瀬も黄瀬だ。なんでさっさと押し切って聞いてしまわないんだ。お陰でこっちまで飛び火したじゃないか。 「それは悪かったと思ってるんっすよ。またおしるこ缶おごりますからそれで勘弁してください」 「……まぁ良い、それで手を打とう」 ポケットから携帯電話を取り出す。 かこかことキーを押して青峰のアドレスを呼び出す。 「赤外線で———は交換できないんっすよねー。ていうかよく考えたら緑間っちのアドレスも知らないし丁度良かったのかな−、なんて」 へへへ、という妙な笑い方がこちらに気を遣ってのものなんだろうな、というのはそれとなくわかるものである。 「じゃあアドレスを交換して、青峰のアドレスはメールの本文に入れて送るから、」 別にオレのアドレスなんて知ったところで仕方ないんだろうが、まぁ話の流れという奴だ。 今後一切使わないにしても今この一瞬の為に必要ならそれで良いか。 赤外線通信機能でお互いのアドレスを交換し、新しく登録されたアドレス用にメールを作成していたら急に黄瀬が吹き出した。 「ど、どうしたのだよ」 「や、どうしたのだよって緑間っち……誕生日七夕なんっすか」 なんだ、藪から棒に。というかどこからそんな情報を手に入れた。 「だってもらったプロフィールに全部書いてるから……へぇそっかー……じゃあ短冊に欲しいプレゼント書いたりとか」 「しないのだよ!」 くそ、不愉快な奴め。 「でもラッキーだな。アイテム手に入れる為に村をうろうろしてたら親切な村人にアイテム二つ一気に貰えた気分っていうか」 「なんだ。俺は村人Aか」 「緑間真太郎っすね」 だめだ。こいつとはあわない。何があわないのかよくわからないが、とにかくあわない。 メールを送り終えるとぴろりん、と間抜けな音がする。黄瀬の携帯だろう。 右手で派手な黄色の携帯を取り出して開く。 ———いや待て。さっきアドレスを交換したのはもっと地味な黒い携帯だったはずじゃ。 すると二度目の振動音。今度は左手でサイドのスイッチを押し、振動を止めた。 「二台持ち……?」 「え、あ、ああ。そうなんっすよ。こっちは仕事用。で、緑間っちに教えた方がプライベート用」 仕事用にしては随分と派手な気がするが。 「オレもそう思うんっすよ? でもみんなの思う『黄瀬涼太』は多分こっちかなって」 そう言いながら、原色黄色の安っぽい色味の携帯を振って見せた。 「まーね、大人ってこういうの好きなんっすよ、意外と。『やだー黄瀬君かわいい』って」 あまり穏当でない響きに聞こえたのはどういう訳だろうか。 そう思っていたら今度は自分の携帯が振動する。 右手ばかりに注目していたが、そう言えば左手ではずっと何かを打っていたんだった。まるで手品のようなやり方である。 文面は、思ったより簡素で、しかし特に今更驚きもしなかった。 「絵文字使わないのは意外、でもないっすかね」 「今の話を聞く限りではな」 「オフでぐらい楽したいんっすよ。大体絵文字って一々出すのめんどくさくないっすか? ていうか打たなくても十分言いたい事伝わるわけだし」 そんな事を、言っていた。 夏休みにたまたま出会した黄瀬は例の派手な黄色い携帯を持って、彼女らしき女を連れて歩いていた。 知らない振りをしようとしたが、向こうから呼び止められてしまったのだ。 「緑間っち! 良かった、丁度いい所に」 しかも酷いことに彼女を放ってこちらに走ってきた。 「……なんなのだよ」 「明日の部活って何時からでしたっけ。プリントどっかやっちゃってわかんなかったんっすよ」 そんなことこそメールで聞いてくれば良い物を。 あれからなんだかんだとメールをする機会があったので、あの時交換したのは強ち無駄ではなかったわけだ。 いや、単にアドレスを知っているからこちらに連絡が来るのかもしれないが。 「確か、八時半からだ。着替えなんかも考えると八時十五分集合が実際の所だろうな」 「あーよかった。九時からか八時半からかちょっと迷ってたんっすよ。九時あわせで行ってたらペナルティ食らってましたね」 「それは……良かったな」 普通そういう場合大事を取って早い方に合わせるものだと思っていたが、その辺の感覚はやはり人によって異なるんだろうか。 「緑間っち様々っすね」 すると派手な音を立てて仕事用の携帯電話が光る。 「あ、怒られちゃった」 振り向いた黄瀬の向こうに、端末を握って不満そうにしている女が見えた。 「ん? ……確かそれは仕事用だと言ってなかったか」 「仕事かプライベートか、って言われると仕事でしょ? あ、他の人には内緒っすよ」 小声でそう言って走って戻り、女に両手を合わせてぺこぺこと謝る。 しばらく腕組みをしていたが、解決したのか、女は黄瀬の腕を取って反対方向に引き返した。 くるりと顔だけ振り向いた黄瀬がウィンクしたように見えたのは気のせいだということにしておこう。 今日もあの男は仕事用の黄瀬涼太で人付き合いをしている訳だ。 じゃああの女は意外と簡素なメールしか送ってこないあの男のプライヴェートを知らないまま、いつか別れるんだろう。 そう思うと、よくわからない部分が満たされた気がして、今度こそ深刻に首を傾げざるを得なかった。 【プライヴェート・フォン】
巻き込まれホモの緑間真太郎を推す。笑 携帯二台持ち幻想。
2012/07/20(08/07格納) |