【ブルー、ブルー】

嫌いなものについてあれこれいうのは簡単で、困ったら「というか全てがむかつく」とでも言っておけば良いのだ。 とすれば、同じ理屈で好きなものについても「全てが愛しい」とかなんとか言えば解決するんじゃないのか。 少なくとも、どちらか一方に対してだけ拒絶反応を示す、なんてのは話が噛み合っていない。 けれど、たまにお話させていただく女子の意見を参考にするなら、後者はナシ、なんだそうだ。 「だってなんかサムイし」「というより、手抜きされてる気がするよねぇ」 ーーー辛辣な指摘である。 つまり彼女らが言うには、嫌いなものについては考える時間を取る事そのものが無駄な訳だが、好きなものについては時間を惜しまずきちんと考えるべき、なのだそうだ。 だが、古市貴之は騙されない。 散々騙されてきたからこそ敢えて強く主張しておきたいのだが、女子の「どこが好き? 」にはやっぱり全部、と答えるべきなのだ。それだけは、間違いない。 たとえ具体的に何処だ此処だとあげてみたところで喜ばれる事は先ずない。それどころか、「あたしの中身には興味ないの? サイテー」とか言い出す。 具体的にあげろと言われたから特に好きな所を言っただけで、何もあげなかった所が全て嫌いだと言った覚えなどこれっぽっちもない。 それなのにぶすくれられたり、最悪ビンタの一発程度いただく羽目になったりするので、やっぱりサムがられてでも「あなたの全てが好きなのです」と言っておくべきだ。 以上、古市貴之による女子学講座でした。 偶に、そういう色々がすごくバカバカしく思える時が有る。 いやほんとすっごく珍しい事で、一年に一回有るかないかではあるんだが、でもないわけじゃない。 …おおよそ女性への興味と食い付きと選り好みの無さには定評のある俺ですが、そんな俺ですら、極々まれに、我に返るんですよ。 だって理不尽過ぎる。 斜め上過ぎる。 笑って対処するのに疲れてしまう時だってある。 そうやって自分の殆ど唯一と言っても良い趣味に興が乗らない時期は本当につらい。 生きることはこれほど面倒臭い事であったかと再確認させられるのがもう堪え難いぐらいつらい。 けれどそこで人生をやめられないのは、ある程度塞ぐと文句を言って来る奴が居るからだ。 「なんだよ古市。俺の側で溜息を吐くな」 こいつである。…誰とは言わないが所謂一つのアバレオーガである。 「ほっとけよ、溜息ぐらい大したこと無いだろ」 そう。長くしちめんどくさい人生に於いて一回の溜息ごときが何だって言うんだ。畜生。 「ほっときませんー。というか古市君、俺と居るのに上の空なのはなんかムカつくな」 「どんだけ俺様なんだよ。…つーか男鹿、お前は良いよな。悩み事とか無さそうで」 寧ろ悩み事の方が裸足で逃げ出しそうだ。 「悩み事? ああ…悩むだけ無駄だからな」 …あれ? なんか今すげぇ深いこと言わなかった、こいつ。気のせいだよな。 「俺はお前と違って繊細に出来てるから、悩む事も多いんだよ。あー、生きるってめんどくせぇな」 つまり硝子のハートって奴です。なんだかんだ言って多感な時期って奴なんです。 「そりゃ知ってる。すぐ折れそうだもんな」 そう言いながら俺の腕をガン見すんのはやめろ。 「軟弱って言うな。心の方だよ、中身、中身」 馬鹿な男鹿にも分かるようにとんとん、と心臓を指さす。 心がどこにあるかなんて俺にはわからないけれど(多分心臓には無いんだろうけど)そんなことを男鹿に言っても多分、分かってもらえない。 「中身はそりゃ繊細っていうより軟派なだけだろ」 その軟派な俺が女の子に疲れてるとかどれ程辛い事かお前みたいなバリバリの硬派にはわかんねぇんだろうなぁ… 「ほっとけよ。今は違うんだから。言わば仮出所の身だ」 「カリシュッショ?」 「女子という幸せな監獄からの一時的エスケープだよ」 今凄く上手いこと言えたんじゃないかと思ったが、男鹿相手にそんな比喩の良さなんて伝わるわけがなかった。なにやってんだろう、俺。 暫く間をおいて、男鹿は何か思いついたようにはたと手を打った。 「…女に飽きたのか、古市が?」 この野郎。人の憂鬱をそんなに嬉しそうに言うものではない。 「これっぽっちも明るい話題じゃないんだぞ」 しかもこの疲れを癒してくれるはずの存在に疲れているせいでいつまでも疲労が失せない。 根っから文化系なので運動すればすっきりする、なんて単純なものでもない。 「まぁ良いじゃないか。別にゲームしたり漫画読んだり、やることはたくさんあるんだからな」 どんだけニートなんだよお前の発想は。 「だって古市。お前そもそもそんなに言うほど女と一緒に居ねぇじゃねぇか」 「…発言の撤回を要求する」 「テッカイ?」 なんだこのあほ面。すげーむかつく。心底、むかつく。 「取り下げろ。今すぐに。俺のアイデンティティに関わるから」 「そんな心配しなくたって、お前はどうせ『俺の隣に居る奴』程度だって」 肩をぽん、と叩かれた。 「はぁ!? なんだそれ。嬉しくねぇなぁ…」 でもまぁ、男鹿の側にいる、女好きのイケメン(自称)から女好きを取ったら必然的にそうなる訳だ。 それはありがたくない。全く、ありがたくない。 「…発言のテッカイを要求する」 一丁前にぶすくれた男鹿に睨まれた。 「なんでだよ、寧ろ俺が怒っても良いところだったろ今のは」 「俺の隣が不満かこのあほ市め」 そういって視線をふい、と反らした。 「いや、なんていうか単にキャラ立ちの問題だから。うん…やっぱり女子とおつきあいしたいです。そういう意味で」 「ちぇ、なんだよそれ」 「だって男鹿の隣に居る奴とかそれ、完全にお前のおまけじゃねぇか」 「違うのか」 「違うから。あーなんかあほらしくなってきた。癒しが欲しい。主にお姉さんの」 大体そんな風に、瞬間的憂鬱は立ち消えになっているのである。 寧ろ、もっと大きな憂鬱の前には些末な事柄である、のかもしれない。 ———深くは考えない方が身のためだと、弱者であり賢い古市貴之はよくよく分かっているのです。

長さが余りに短いのでいきなりwebもなぁと思ってまとめてpixivに上げていたのの片割れ。 で、格納し忘れていた方。 古市がふとした瞬間にちょっと隙を見せるようなそういう話。 2011/05/30(8/01格納)