※発掘してきたので時期外れなのはゆるしてください…白目【an Autumn Day】
天高く馬肥ゆる秋。 黒板の文字の意味はよく分からない。けど、秋は好きだ。それははっきりしている。 まず食い物が美味い。涼しい。晴れの日が多い。 「だから、天高く馬肥ゆる、なんだろ。馬鹿男鹿」 横からツッコミが入った。 「そうなのか?」 「そうだよ」 ついでだが、何で平然と会話してるかと言うと、 「だからぁ、舐めた真似してっとぉ、こうなるっつってんだろーがよぉ!」 「じゃかしいわボケぇ、死に晒せ!」 「おおうなんだてめぇは!!」 「なんだとはなんじゃワレェ、喧嘩売ってきたんはおのれやろが!」 いつも通り始まった喧嘩で、授業が中断されているからである。 背中の赤ん坊は初めこそきゃっきゃと良いながら観戦していたものの、段々いつも通りすぎる展開に飽きてきたらしく、 今はすよすよと寝息を立てている。 「お前頭良いな」 「…男鹿に比べたら殆どの人間は頭良いと思うぞ」 せっかくほめてやったのになんだその態度は。むっとしつつ、拳で額を小突いた。 「痛っ」 お約束のように言うが、これも何だか納得が行かない。 痛いわけがない。 ぴりぴりしながら、本人でさえ気付いていないような小さな怪我を見つけられるぐらいなのだ。 古市を痛がらせるようなことなんて、俺が、するものか。 「素直にありがとうぐらい言っとけアホの古市」 「今正にその口でアホって言っときながら感謝しろっておかしくね!?」 確かにそれもそうかもしれない。 しかし、よく回る舌だ。あれ、頭だっけ。それはどっちでも良い。 いずれにせよ。 古市にしてみれば、ツッコミ役としてずっと俺の側に居たのだから、当たり前の事なのかもしれない。 (ぼけているつもりなんて少しもないのに華麗に突っ込まれるのだから 「ああ、じゃあ今のはボケだったのか」となんとなしに納得してしまうのも、習慣って奴だ) ただ。 本当に俺よりも頭が回るのなら、いい加減気付けば良いのだ。 俺がどんな気分で古市を見ているのか、分かってくれればいいのだ。 そうすればもっと、 もっと、 …どうなるんだ? よく分からないけど、多分、その方が良いはずだ。 少なくとも、俺だけが面白くない思いをしてるという状態は「面白くなさ」が倍ほどに感じられるので、 古市だって面白くない思いをすれば良いと思う。 俺ががっかりしてる時は同じぐらいがっかりしてくれなくては嫌だ。 だって、古市だから。 男鹿係なんて他にやる奴いないんだから。 だから、諦めて俺と連んでれば良いんだ。 「でさ、男鹿。時期折しも馬肥ゆる秋、涼しくなってきたし久々にコロッケ買って帰らねぇ?」 間に妙な呪文が挟まったが、要するにコロッケ買い食いのお誘いだと言う事は分かった。 「古市のおごりか?」 「…お前なんで毎回俺にたかろうとするの? 俺だって別にそんなに裕福じゃないぞ」 だって古市が俺に買ってくれるんだぞ。嬉しいに決まってる。 「古市だから」 「お前俺のこと下僕か何かだと思ってんの?」 どうも上手く伝わった気がしない。 「んー、あー…じゃあ今日は俺が買うわ」 「俺の分も?」 いやに嬉しそうだな古市。 「…まぁ、一個ぐらいなら…」 「わ、やった! 珍しく男鹿のおごりだ!」 ものすごくうきうきした調子で言われるとこちらも悪い気はしない。 ただこいつがどこにうきうきしてるのか、そこんとこを問い質しておかないと駄目なんじゃないか。 と、思った瞬間チャイムが鳴り午前中の授業が終了した。 「あ、購買行かねぇと」 心なしか軽い足取りで前を歩かれると、もうなんだかどうでも良い気がしてきた。 やっぱりアホだなぁ古市は。 口には出さずにおいた。 だって、古市はアホだから古市なのであって、アホじゃない古市なんて困る。 何が困るのか今ひとつはっきりしないが、やっぱり困ると思う。 「今日は何食うのー?」 なんとなしにその間延びした語尾にぐらっと来た。 「…………おう」 「おう、じゃねーよ。だから、『何を』って質問にイエスノーで答えるとかどんだけ人の話聞いてねーの、男鹿…」 別に聞いてない訳じゃ無い。 聞いてたから、返事が出来ない。 「…………いや、何でも良いかなって」 俺の返事が気にくわなかったらしい。 謝らない挙げ句疑問系で返事かよ、などと半目で言う。 こういう顔をされると流石にむかつくので、少し落ち着いた。 つくづく世の中うまいこと出来てるんだなぁ、と思う瞬間である。 「もう良い、適当に買ってくんぞ」 むっとした顔をして、そっぽを向いて、そのまま早足で先に行ってしまった。 その背を見送りながら、帰りまでには機嫌なおしてんだろうなぁ、と思う。 経験はほとんど俺を裏切らない。こと古市に関しては。 / 「もうちょっとしたらマフラー要るかな。帰りはやっぱさみぃし」 独り言である。 俺と一緒に居ながら独り言とはどういうリョウケンだね古市君。 「別に独り言じゃねぇよ。男鹿が全く同意してくれないだけだろ」 だって、寒いとは思わない。 涼しくて丁度良い、程度なのだ。 古市は寒がりの暑がりなので、本当に駄目な奴だと思う。 「なんだその顔は。言っとくけど、おかしいのは男鹿の方だからな?」 ぎ、と音がしそうなぐらいきつくこちらを睨みながら、制服のボタンを一番上まで留めていく。 夏の間は白っぽい腕をいくらでも眺められたのに、今は分厚い学ランの下だ。 そう思うと少しがっかりする。 「…なんだよ」 じろじろと見ていたら流石に不思議そうな不機嫌そうな顔をされた。 「別に」 一旦正面に向き直って、目だけ横に滑らせた。 袖が少し余っている。 『きっと背が伸びるだろ、三年使うんだから大きめのを買うのが普通だって』 春に初めて制服姿を見たときにそう言っていたのを思い出した。 服に着られている感じがして「あーあ…」と思ったが言わないでおいてやった俺は偉いと思う。 今は中にカーディガンを足しているので少しだけ袖はマシな状態だ。 けど今度は、余り気味の袖からさらに余っているカーディガンがはみ出している。 そのせいで案外細い指が余計に細く見えてどきりとする。 「あー…まぁこれはこれで…」 「何の話だよ」 「なんでもねーよ」 「すげぇ馬鹿にされた気分だな」 馬鹿にはしてない。馬鹿だとは思ってるけどな。ていうか馬鹿じゃない古市なんて古市じゃないだろ。 「ていうか、ベル坊に流石に服着せろよ。これからどんどん寒くなるんだから」 「え、駄目なのか」 「駄目だろ。虐待だと思われたらどうするんだよ」 「ギャクタイ?」 「………馬鹿男鹿に期待した俺が馬鹿だった」 「そりゃお前馬鹿だもん」 俺とずっと連んでるとか、どう考えても馬鹿だろ、古市。 コロッケを買っていつものベンチに陣取る。 「んー? どしたの男鹿」 いつもはもう少し間開けて座るのに、という続きの部分は聞かなくても分かった。 「別に」 なんだか、そういう気分だったのだ。 なるべく隙間を開けずに座りたかった。風が通るのが、嫌だった。 それだけだ。 「あ、あれか。寒いのか。確かに今日急に寒くなったもんなぁ」 そう言いつつ、はふはふと揚げたてのコロッケと格闘している。 惜しい。 確かに寒いのは寒いがそういう問題ではなかった。 「お前が寒そうだったからな」 悔しいので古市のせいにしてやった。 ———うん、やっぱりコロッケうまいわ。 「………なぁ、男鹿」 「んー?」 「お前…人肌恋しいのか」 えらく難しいことを言われた気がした。 「なんだそれ」 「違うなら、良い。…忘れてくれ」 そっぽを向いた古市の耳がいつもよりかなり赤い。 じっと見ていると目だけを器用に動かして軽く睨んできた。 「…なんだよ」 「照れるような事言ったのか」 「ごふっ」 盛大にむせた古市の背を軽く叩いてやる。 コロッケみたいに水気の少ない物でむせると辛いからな。 なんか飲み物持ってただろうか、と思い返すが、紙パックの飲み物は学校で飲みきってしまっている。 そう言えば古市はペットボトル買ってなかったか。鞄の中を見ると麦茶のペットボトルが居座っている。 蓋を開けた状態で手渡すと、大人しく受け取って流し込んだ。 「う、げほっ……」 むせながらも何とか息を整えたらしい古市は、困り顔でこちらを睨む、という実に難しいことをやってのけた。 右目にうっすらと涙が溜まっている。 「おまえさいてー」 なんだその言いぐさは。なんだその顔は。 「最低とは何だ、最低とは」 なんとなく真っ直ぐ見ているのがむず痒くて眼をそらす。 「自分でもわかんねぇようなこと、すんなよ…」 耳に入った言葉の意味が、結局うまくわからないままだった。パソコンの中で行方不明になってたファイルをつい最近発見したという。 正に地獄です。 どうして秋のうちに見つからなかったのか…白目 うっ…つらい… 2011/12/15(12/18格納)