※つまりこれが遅刻ってやつだ。 「これが鐘の音だと?」 ギルガメッシュは首を傾げた。 「我の知っている鐘の音とは随分異なるのだがな」 あれはもっと高く澄んだ音を出した気がするのだが。【王様と私(年の瀬編)】
どこかからか出してきた炬燵、どこぞの婆様から献上された蜜柑。 完璧な「日本の冬」仕様の王は、その微かな違和感を解決しようと一房食べる合間に口にした。 何も一人で炬燵を占拠しているわけではないのだ。 「おい綺礼。返事ぐらいしろ」 足を勢いよく伸ばし、向かいの男の膝を蹴り飛ばす。 と言っても、あくまでも戯れる程度に、ではある。 「今のは私への言葉だったのか」 炬燵に馴染みのない男はそれが役に立っているのかいないのか微妙なぐらいの位置に座っている。 ので、伸ばされた足を軽く払ったのは彼の足ではなく手だ。 「この距離で独り言もあるまい」 天板に肘をついて咀嚼する。 それは流石に行儀が悪いのではないかと綺礼は思ったが、別段マナーを気にするような質でもない。 「さぁ……そればかりはなんとも言えないな」 この気高くも怠惰な王にぶすくれたまま半目で睨まれたところで特に何も思わないのが言峰綺礼という性質なのである。 「蜜柑の皮で滑ってくたばるか綺礼」 無表情な男の前に蜜柑の皮を翳し、指で押し潰して皮脂を噴出させる。 「……それはバナナが妥当だろうな」 反射神経にものを言わせて右手で防ぎきる。 「………愉快でない奴だ」 益々憮然とする王に、『飽いたか?』などと冗談めかして言うと、 「いや、全く」 と例の悪鬼じみた顔で返事があった。 「で、綺礼。早々に我の質問に答えろ。年が明けるまでに解決すべき問題だ」 二個目の蜜柑に親指を押し入れる。えらく器用に剥くものだと内心綺礼は感心していた。 箸より重いものを持たないような典型的な貴人イメージとは異なり、案外何でも自分でやりたがる行動派の王だったらしい。 花びらのように皮を開いていく様をぼんやりと眺める。 「しかしメソポタミアに年末年始などというものは存在しないだろう」 因みに綺礼の考えの中にも特にそういったものはない。 寧ろアドヴェントの方が余程行事として大事であって、それが終わったらあとは四旬節まで大きな行事が存在しない。 規則正しい神学校での生活のたまものである。 「知識として入っているのだ。どうにも据わりが悪い。……それにだ、綺礼。郷に入っては郷に従えと言うではないか。 この国ではこうして炬燵に入り、蜜柑を食べるのが常道なのだろう」 聖杯とは、本当に必要最低限の知識しか与えないようだ。最低限文化的な知識。 どうしてそこを選んだのかと綺礼は見たこともない聖杯システムの設計者を詰りたい気持ちになった。 「ならその知識一覧の中に除夜の鐘についての項目はなかったのか」 知識として重要なのは寧ろそちらの方では無いだろうか。或いは、初詣が何であるか、だとか。 ただ一柱の神への信仰心に篤い綺礼には何ら縁のない世界ではあったが。 「たわけめが。そのぐらい識っておるわ」 馬鹿にするな、と鼻を鳴らす。高い鼻梁。 「なら何がわからない」 「だから、最初に言ったであろう。鐘の音が、我の馴染んだ音ではないのだと」 なんだそんなことか。 綺礼はそれを口に出しかけてやめた。王の機嫌を必要以上に損ねるのは賢い選択ではないのだ。 ただ、我慢し通しというのも詰まらぬ。 「鐘、という名を使っていても原理が一つだとは限らない」 「なんだと?」 訝しむような表情は、鋭く険しい。 「同じように『王』という括りを使っていても時代や場所によって全く指すものが違うだろう。あれと同じだ」 綺礼は平然と言ってのけた。 「綺礼。前にも言ったが、後にも先にも王を名乗って良いのは我だけだ」 「そう癇癪を起こすな」 「癇癪? お前……随分と口が立つようになったではないか。褒美に蜜柑をやろう。丸一個。皮ごとだ」 至近距離で振りかぶった王に、 「皮は遠慮しておこう。しかし王直々に剥いて戴くのも申し訳ないな」 などと嘯く。 「…………二度目はないぞ」 相変わらずむすりとしたまま大人しく蜜柑の皮を剥き始めた王に、今度こそ綺礼は噴き出すかと思った。 自分の方を半分残したまま黙々と剥いている姿は滑稽というか何というか。 「続きだがな」 「それを早く言え」 王は剥き終えたものをどうするか暫く思案していたようだが、一房もぐとあてつけのように綺礼の口元に押しつけた。 「……鐘には大きく分けて二種類の原理が使われている」 押しつけられたままでは喋りにくいので、諦めてそれを口に入れる。 正月前の蜜柑は甘くない、という真偽のはっきりしない言葉を耳にしたことをふと思い出すぐらいにはすっきりとした味である。 「ほう? 全く異なる原理のものを一つの呼称にするとは面倒な」 綺礼に餌付けしたことに機嫌を良くした王はさっきまでの綺礼の態度については完全に不問とすることにしたらしい。 「仕方有るまい。洋の東西で原理が分断されていたのでな。邦訳するときに近しい物の名を宛ててしまっただけだろう」 存在しない概念を近似のものに置いて説明するというのはよくある手法だ。 根源の全く異なる物であったとしても、用途や見た目が近しいだけで同じものとして扱うのだから、人間とは如何に大雑把に世界を認識しているかという話である。 「とすると、この国で使われている鐘というのは我の知る鐘とは元来別の物だ、ということになるな」 綺礼は残念ながら、メソポタミアの鐘がどちらの型なのかは知らない。ただ、会話から類推するほかない。 「おそらくな。お前の耳に馴染んでいるのは西洋鐘の方だろう。ここの教会にあるような、『舌』のある鐘だ」 「なんだそれは」 「中にある金属なり木なりで出来た部品だ。外側と接触することで音を出す。気になるなら今すぐ外に見に行くか?」 「いや……遠慮する。お前は寒くないのか」 寧ろサーヴァントのお前こそ何故寒いのだ、と言いかけて、そう言えば気温なども顕著に解る身体になっていたのだった、と思い出した。 「……そうか、寒いから炬燵なのか」 どんな道楽だ、と思っていたが、なるほどきちんと理由があったか。綺礼は今更ながら目の前の王について把握した。 「何を言っているのだお前は」 「いやなに、大した事ではない」 不審そうな目で綺礼を一舐めした王だが、彼の中で解決したのかまた蜜柑をもぐ作業に戻る。 「で、お前の言う所の東洋の鐘とはどういう物なのだ」 「外側を鐘木で突いて反響させる鐘だな」 流れ作業のように口に押し込まれる蜜柑をさして不快な物とも思わずに綺礼は淡々と咀嚼した。 「……む?」 「この辺りだと柳洞寺にあるが———」 「見に行かないからな?」 どうやら学習したらしい。綺礼が言い終わる前に割って入った。 「行きもしないのに鐘の話をしたのかお前は」 綺礼はなんとも言えず笑い出したいような心持ちになった。 「何も行くと言った訳ではない。単に我は、知らぬ音が鳴ったので」 「そうだったな」 「最後まで聞け」 そう言いつつ蜜柑を押しつける。 「何、まだ続きがあったのか?」 最早隠しもせずににやにやとしつつ綺礼は王の手ずから蜜柑を賜る。 「………いや、もう良い」 自分でそう仕向けておきながらいざ綺礼に悪趣味の兆しが見えると少しばかり王は躊躇う。 (それもまた一興) 心の内で嗤う王にも、その目の前で口の端を歪める人間にも、 清浄な鐘の音は響かない。 / 人間の煩悩がたかだか百八つに過ぎぬと申すか。 笑止。 少なくとも貴様の胸の内だけで数百はあろうて。年越し四時間前とかそのぐらいに急に『年越しする言峰とギルちゃんが』とか そういう話をふられたせいで、つい書き始め、結局年明け二時まで掛かったっていう。 煩悩さっぱりはらえてなくて………つらいwwwww まぁ今年一年を予測させるスタートの切り方で寧ろ清々しいぐらいでしたが。 というわけで、Fate……ついにやっちゃったぜ。 2012/01/01(01/17格納)