※ギルちゃんと名詞のお話。/アホなのではありません単に別の時代を生きたひとだっただけでry
※※もしかすると言ギルというよりか神金なのかもしれない パワーバランス的に。けど綺礼って呼んでるし……うーむ……






 空に一本の白い筋が伸びる。
 雲だと思うのだが、あんなにも真っ直ぐに伸びて行くような雲を見るのは初めてだ。
 はて、雲と言うものはあんなにも素早く出来るものだったろうか。



Airplane/ひこうき



「あれはなんだ、綺礼」

 敵に射かける時と同じように指先を天に伸ばす。視線で射落として見せても良い。
 ただあの距離だ。落ちた所まで見に行くのが煩わしいからそうしないだけのことである。


 聖杯なるものから供給される知識はどことなく薄っぺらいもののような気がした。辞書というやつは時臣も持っていたが、丁度あれと同じだ。
 簡単な語義を定め、箇条書きにするなり何なりしてはじめてその言葉を見るものに粗方の予備知識を与えるもの。
 必要最低限、その『言葉』に当てはまるものを他と識別するための条件を列挙してある。

 しかしながらそれは、実感の伴わない虚しい情報の羅列だ。自分が見聞きして手に入れた多くのものに比べれば、仮にその数百倍の分量が有ろうとなんの価値もない。
 膨大なだけで味気ない、言わば砂漠の大量の砂粒の様なものなのだ。砂粒の数など誇った所で仕方が無い。数に拘っている内は所詮王にはなれぬ器だと言うことだ。
 己の感覚を信じられぬ内は大人しく砂算盤でもやっておれば良い。


「空か」
 随分と呆けた返事だ。
「戯け。空ぐらい知っておるわ」
 なにもお前のような若輩に訊かずとも空ぐらい飽きるほど見た。
「なら何だ。雲か」
「雲は雲だが、あの細長く伸び続けている奴だ。あんなものは見たことがない」
 少なくとも自分の記憶にある雲というものの定義からはみ出してしまっている。
 雷の前の雲、大雨の前の雲、風の動きに合わせて流れていくだけの、そういう、
「ああ……飛行機雲、という奴だ」
 なんでもないことのように綺礼は言う。
「ひこうきぐも」
 聖杯の目録の中にそのような項目は無かった。
 無論過去の己の知識と照らし合わせても、該当する項目が無いのでお手上げだ。
「飛行機ぐらい知っているだろう?」
 困ったように首を傾げてみせる。
 この男を困らせていると思うとどうしようもなく快感だが、その困り方がどうにも童に手を焼いているような様子に見えてそこがどうにも愉快でない。
「ああ、飛行機……空飛ぶ船か?」
 人を載せて高速で移動するらしい羽の付いた金属の箱だとか。
 実物は見たことがないが、コックピットとやらに座れば一応の使い方は頭に入るらしい。まぁその手の操縦は騎手の仕事であって己の知ったことではない。
「そらとぶふね……」
 今度は噴き出しそうな顔をする。
 貴様、無礼だぞ。
「いや、なに、そうか。お前の頃は飛ぶものと言えば鳥ぐらいしかなかったのだからな。解らなくて当然だ」
「綺礼、」
「お前が乗りたいと言うのなら試しに乗せてみても良いが———ああ、でも中で暴れられては困るからな」
 にたり、と口元だけ笑う。
「舌を抜かれたいか」
「それは困る。ものを食べても味がしないのでは興醒めだ」
 そもそも味云々以前の問題であるゲテモノを好んで食べる男が何を言うか。

「飛行機雲が何故出来るか知りたいか」
 話の矛先を変える。いや、本来の方向に戻しただけか。
「………何故だ」
 それに乗ってやるようで癪だが、まぁ聴いてやらんこともない。
「飛行機というものにはエンジンがついている。その排気の中の水蒸気が低温で氷結して雲を作る」
「えんじん?」
「……ああそうか、お前にはそこから説明しなくてはならなかったか」
 おのれ馬鹿にしておるだろう。目が笑っているのだ。誤魔化しきれると思ったか。
「エンジンは、そうだな。簡単に言うと燃料を内側で爆発させてその勢いを使ってものを動かす装置とでも言ったところか……」
「煮え切らんな」
 内側で爆破させる、というのが一体どういう状態なのか想像も付かない。
「私とて専門にしている訳ではないのでな。粗方の知識程度しか頭に入っていない」
「なんだ偉そうに講釈したくせに、お前だってよく解っていないではないか」
「ああ、そうだな。ただお前と違うのは実際に飛行機に乗ったことがあるという点ぐらいだろうな」

「言っておくが」
「なんだ」
「悔しくなんか無いぞ」
「そうか」




 白い線上の二本の雲を引き連れて飛んでいるらしい飛行機とやらの姿を、未だ見たことはない。


/

 黴臭いのは好かない。
 日の当たらないところというのは必然的にそういった陰湿な空気を漂わせるものだ。
 地面を掘って作ったような部屋が、そうならない道理がなかった。



Basement/ちかしつ



 葡萄酒を仕舞ってあるのは地下室だった。
 どうやら、一年を通して室温がかわりにくいというのが重要らしい。細かいことは知らない。
 階段を下りて、扉を開ける。
 ケースから手近のボトルを取り出して、ラベルを一瞥する。なにもこのような物を一々取りに降りなくても、一瞬で手元に酒を出すことは容易い。
 しかし、それにも飽いた。
「フランス、という所にも一度行ってみたい物だな」
 この酒の母国。一体どんな風景が広がっているのだろうか。
 船で何日かかる距離なのだか、それすらも想像できないところだが。

 船に乗ったのは懐かしい記憶だった。荒海も凪いだ海も兎に角青い海も。
 英霊なんぞというものになってからはなかなかそんなことをする機会もない。ここの———冬木の海は大人しすぎて詰まらなかった。

「大丈夫か、ギルガメッシュ」
 階段の上から声がする。
「大丈夫、とはどういうことだ綺礼」
「いや、何かあったのかと思っただけだ」
 あの男が心配とは珍しい。
「ただ酒を取りに降りただけだ。すぐ戻る」

 扉を開けたままにしておいたから、声が変な所で跳ね返る。

 ボトルを掴んで階段を上る。
 しかしこのような瑣事をまさか己がするようになるとは。かつての臣民が見たらさぞかし大笑いすることであろう。酒を扱うのは女の仕事だ。そういう、ものだ。

 そう言えば。
 かつて地下世界にはぼんやりとした死が渦巻いているものだと思っていた。
 地下に降りれば、『あれ』に会えるものだと思っていた時期があったのだ。

「少なくとも、ここには居なかった」

 膨大な宝の中を探した方がまだ、出てきそうなものだ。

「……? 妙な顔だな、ギルガメッシュ」
「お前程じゃないさ、綺礼」

 部屋には日の光が差している。

「暇だろう、一杯付き合え」
「一杯で済むのか?」
 最近、よくない笑い方をするようになった。まるで自分の教えたとおりの笑い方をするのだ。
「済まなくとも大した問題では無かろう。王の振る舞いが飲めぬと申すか」
「もとは私の酒だ」
「細かいことを言う」



 ささやかな感傷は地下室に置き忘れたことにしておこうか。


/


 何を使って食事をするのか、という問題。



Chopsticks/はし



 手づかみで物を食べるのが正式な食べ方だという認識は、時代が変わろうが世界が変わろうがいつも持っている。果物を何か別のもので食べるか? 素手だろう。

 ただ、王たる者、出向いた先々の習慣を尊重してやるのもまたつとめに他ならないのである。
 ナイフやフォークまでは感覚で使い方が理解出来た。
 だが、問題は箸、という奴である。

 これが凄まじく難儀だ。使い方は頭に入っている。
 だが、そういう問題ではない。利便性が全く理解出来ないのだ。
 ナイフとフォーク、それにスプーンで用途が全てカバーされているというのに、なんだこの使い勝手の悪さは。一体何のための食器なのだ。

「……まぁ……私もナイフやフォークに比べればさほど馴染みがあるわけではないが、中華なんかは箸以外で食べる方が煩わしいぞ」
「そうなのか? ……しかし断固としてこれの使いやすさなんていうものは認められんな。先ず以て持ち方が難儀過ぎる」
 一つの手で二本の物を持とうという発想がいただけない。
 考えてもみろ。何のために手は二本ある。それぞれ一つずつ何かを持つためだろうが。
「挟む、という動作に対応していることが大事だったのではないか?」
 ちょいちょい、と目の前で空を挟む動作をして見せる。
「挟む必要のあるような物とはなんだ」
「例えば、そうだな。こういうものとか」
 そう言いながら炒めた肉とキャベツを目の前に翳して見せた。
「それは別にフォークで突き刺せばすむ話だろうが」
「回鍋肉をフォークで食べる、というのはやはり違和感がぬぐえないな」
「慣れの問題だろう、単に」
「まぁ麻婆豆腐に関しては完全にレンゲさえあれば済むし……」
 今完全に食べ物でないものの話が出たがきかなかったことにする。
「箸でなければ困る物なぁ……春巻きか?」
「春巻きがどのような形か知らんが、ナイフとフォークで食えぬ訳があるまい」
「あれをフォークで刺すとどうなるんだろうか……中身がばらけるのか? いや、でも箸で食べてもばらけるときはばらけるか」
 言った当人が首を傾げはじめた。
「ほら見たことか」
「あとは焼売ぐらいか……?」
「だが当然刺せるのだろう」
「無論、刺せるな」
「じゃあこれの利点などどこにも無いではないか」
 ちょっと考え込んでいたが、唐突に、
「ああ、納豆ご飯を食べるときには便利かも知れないな」
などと言い始めた。なっとうごはん? なんだそれは。
「食べたいなら今度買ってきてやろう」
 おかしい、心なしか顔が笑っているような気がする。
「まぁとりあえず今は目の前の料理を食べると良い」

 どうしようもなく不穏な空気を出しながら、男は黙々と中華料理を平らげた。



(後日、人の食べるものとは到底思えない物を無理矢理食わされる羽目になるとは知りもしなかったあの頃の己をぶっ飛ばしたいと今更思うのである)









ギルチャンって古代の人だもんね……っていうそういう話でした。 2012/03/06(04/29格納)