※ぼんやりと教会組。こういうしょうもない話とかしててくれると楽しいなって。
※※すー先生にこっそり捧ぐ。





【雑談】

乗り物を動かすことを拒む王は多い。
時代によっては御輿や馬車、そういった———つまり自分は座って手を振っているだけで良いような移動方法しか取ったことのないものも居るのだ。
時代が下れば下るほどその傾向は強まる。
嗜みの乗馬と戦場を駆け回る騎馬術とでは意味が違う。馬上で剣の一本も振るえぬようでは、兵として使い物にならない。
要するに彼らの仕事は兵として剣を振るうことではなく、ただ存在することであり『国家の象徴』としてその威光を負うことなのだ。
しかしそういった時代の、つまりお飾りに成り下がった王というのは『英霊』では有り得ない。
自分で剣も取れないようなものには伝説など残りようがないからである。

「笑い話ならば残るのだぞ」
金砂を撒いたようにきらきらしく笑いながら王は口を開いた。
「ほう? お前のような古い時代にもそんな笑いぐさになった王が居るのか」
王はこの世界に一人だと豪語して憚らないギルガメッシュに対して故意か過失か『王』という言葉を使った言峰だが、特にギルガメッシュが機嫌を損ねる風もない。
相手によって許容域が天と地ほど開くのは昔からのことなので今更誰も指摘したりしない。
ただ、ランサーが少し眉間に皺を寄せただけの話である。
「いや、もっと後の時代だろうな。しかし傑作だぞ。諡を『失地王』と言うらしいのだ。『失地王』だぞ。
その人生最大の功績が領土を失ったことだなどと、馬鹿にされているどころの騒ぎではないぞ」
ネットスラングで言う所の「大草原」状態になりながらギルガメッシュは腹を抱えた。
暇に飽かして聖杯からたぐり寄せた知識の中に偶々存在したのだか何なのだか。
取り敢えず、彼の琴線に触れるような話題だったようである。
「……なんで俺のとこの話ばっかりするかな」
それを何となく読めていながら『やっぱりか』と頬杖をつくのがランサーである。
彼よりも遙かに後の時代の話で
———伝承ではなく歴史になったあとの話ではあるが、一応ブリテン島から北部フランスまでの話は彼のホームグラウンドの話として即座に取り出せる。
聖杯から供給される知識というよりは『ちょっと忘れていたがすぐに思い出した』という感覚に近い。
「む? 確かあれは『欠地王』と言うのではなかったか?」
言峰は首を傾げた。ブリテンで土地無しと言われると選択肢は一つだが、彼の記憶とはささやかな食い違いがあった。
「確か幼少期に領地を貰えなかったのでそう言われたのではなかったか」
何れにせよろくでもない呼び方である。

「この国では『失地王』とも『欠地王』とも言うんだろうが、要するに『Lackland』なんだからどっちでも良いんだよ。どっちも同じジョンの事だろ」
ランサーが一応の補足をする。
ジョン、とはプランタジネット朝の王で、イングランドの歴史上最も愚かしい王であると言われている。
実際に「愚か」だったのかどうかは別としてそのような伝承が残り、蔑まれ、以後イングランド王にジョンと名の付く者は出ていない。
伝承が一人歩きしたり、話を誇張した部分もあるだろうが、それにしたって二度と同じ名前の国王を出さなかったという意味では『空前絶後』の男だったということだ。
「暗君も暴君も等しく歴史には残るからな」
言峰は意味ありげにギルガメッシュの方を見る。
そのあまりにも露骨な言い様に、思わず噴き出したランサーである。
「……何が可笑しい」
ぎろり、と紅い眼が光る。お陰でランサーは背筋が寒くなるような気がした。
しかし例によって大本の発言者の方には制裁を加える予定がさっぱり無さそうである。
「いやぁ、別に。っていうかそこの神父は良いのかよ」
「言峰が何かしたか」
何かしたもなにも、完全に暴君を笑っていた訳だがそこは見逃しらしい。
心理的に『聞かざる』を実行出来る程度には、好意的なのだ。過剰に。
「自分のしたことを覆い隠すために他人の所業を引き合いに出そうとは。性根が卑しいにもほどがあるな、ランサー」
しれっとしているにも程がある言峰。これが神父だというのだから、世の中間違っている。
「それをお前が言うのかよ!」
性根に大きすぎる問題を抱えている言峰だが、十年前に開き直って以来生き生きとしている。
それまでの抑圧が大きかった分、余計に。
良し悪しではなく、生き生きしているので楽しいのは良い事ですね、としか言いようが無い。
「英霊として祭り上げられているような戦士がその小物ぶりではな……」
「哀れむような顔で言うなよ、くそ……! 聖杯戦争が時計塔あたりでの勝負だったら、俺は最強の英霊なんだぞ」
言っては悪いが、そういうのを負け犬の遠吠えと言う。

「まぁそんなことはどうでも良いのだ」
自分がはじめたにも拘わらず早くも話に飽きたらしいギルガメッシュは言った。
飛びつくのも早いが飽きるのも早いのはこの男の常である。
「自力で移動出来ぬような輩はそもそもがなっていない」
そうだった。彼は元々その話をするために口を開いたはずなのに、気が付いたら全く別の話をしていたのだ。
会話に於いてはままある話である。

「じゃあお前は馬に乗れるって言うのか」
ランサーは一応訊いてやることにする。

メソポタミア周辺にも有力な騎馬民族は存在する。広大な大地は馬で移動するのに適していたのだ。
というよりも、古の時代に於いてもっとも機動力をもったものはどの世界でも馬に他ならない。
蒸気機関が生まれるまでの五千年ぐらいを常に陸上の人類にとって最速の移動手段として君臨し続けた馬のポテンシャル。
ほかにも馬に引かせたチャリオットで攻める民族などは、ギルガメッシュ王のおよそ千年後のメソポタミアを支配した。
だが、おそらくランサーがかつて使ったチャリオットほど優れたものではなかった。
それが千年という時代の隔たりによるものなのか、神性の差によるものなのか。
余談だが、さらに二千年進んだ現代に於いてはチャリオットに相当する武器は存在せず、
強いて言うならばより重装化したものが戦車、騎乗者が戦闘するという意味ではバイクとライフルの組み合わせが近いかもしれない。

「あのバイクとか言う奴ならば乗れる」
例によって何となく手に入れたバイクを乗り回している。
特に拘りがあったわけでもなく、たまたま街で見かけたものを、たまたま居合わせた男にお買い上げ戴いただけの代物である。
「偶にあれで気晴らしに新都の方に向かったりするな。橋の上を走るのは楽しいぞ」
予想以上に現代に馴染んでいるギルガメッシュである。
某お祭りディスクで披露した華麗なバイク捌きを思い出して欲しい。風を切って駆動する。
しかし、ノーヘルでの運転の為偶にパトカーに追いかけられるのはご愛敬である。

「言峰……あのお坊ちゃん一体どうなってるんだ」
ひそひそ、と耳打ちする。
「私にもわからん。ただ、何でもやりたがるのは昔からだ」
端的に言うと『やっておけ』ではなく『やらせろ』というタイプの男なのである。
好奇心を満たす為ならば自分で直接手を出すことに何の抵抗もない。『幼児並』に怖いもの知らずでもある。
「何をこそこそ話している」
ギルガメッシュは憮然とした。

「いやなに。運転手が付かねば移動一つ出来ない最近のお偉方に比べれば遙かに優れているという話をしていただけだ」
嘘を吐け。掠りもしていないだろ、とランサーは内心舌打ちした。
「ふふん。そんなことは当たり前だ。我より優れたものなどこの地上にあるものか」
と言いつつ満更でもない様子である。

内心『めんどくせぇ……』と思いながらも最早口に出すことを諦めたランサーは、静かに頬杖をつき直した。









喋ってるだけで十分ですトリオ可愛い。 2012/04/19(07/15格納)